修学旅行と言えば、中学生(3年)は春~夏期、高校生(2年)は秋が一般的な「シーズン」に相当する。近年では私立の学校や高校の一部では訪問先が海外に向けられるケースも増えてはいるが、地方の学校にとっては、東京は揺るぎない修学旅行先として優勢を保っている。財団法人日本修学旅行協会(本部:中央区)のまとめによると、全国の中学校1,271校を対象にしたアンケートでは、修学旅行の訪問スポット順位は以下のようになる。(平成12年度)
「絶対に竹下通りは来ようと思っていた」。竹下通りで修学旅行生の声を聞くと、一様に同じセリフが口をついて出てくる。同じ制服姿でも、修学旅行中の学生は一目で区別がつく。渋谷・原宿の修学旅行中の中学生を観察すると、以下のような傾向が見受けられ、ある種の存在感は人混みの中でも際立っている。
修学旅行期間中、「自主研修」と称される「自由に観光のできる」日は、おおよそ午前9時ころから夕方4~5時頃までを目安に設定されている。宿泊先から出発することが主流である学生は「一番初めに原宿に向かう」ことが多いという。ところが竹下通りに並ぶショップの開店時間は早いところでも10時半。人影まばらな通りで待機を余儀なくされる上、しかも彼らが訪れるのは平日が多い。そのため学生は「思っていたより人が少ない」といった印象を抱いてしまいがちなようだ。続けて出てくる言葉が「呼び込みをしている外国人に無理やり店に連れ込まれそうになってビックリした」との声。いかにも「旅行中」といった雰囲気を醸し出す彼らは、こうした勧誘行為に遭うケースも少なくない。
同通りの治安対策について原宿竹下通り商店街事務局の会長・久世義昭さんは「竹下通りは『文教地区』に指定されていて、原宿は山手線内で唯一パチンコ屋のない「優良地域」だった。しかし、路上で外国人が修学旅行生を狙い不良品を購入させるケースが絶えないのが現状。今後は通りにテレビカメラを9台設置し、警察と連携して取り締まりを強化していく方針」と打ち明ける。
研修後の集合先では「ディズニーランド」との回答が目立つ。最近の修学旅行の行程について、北海道で在職15年の高校教師は「都会と離れた地域に住む生徒にとって、東京は今も昔も流行の最先端であり、『見る』『買う』が満たせる最高のスポット。自由時間中のルートは事前にチェックしますが、7割の生徒たちは渋谷か原宿を予定に入れている。一方で、残りの3割は喧騒を疎しく感じているのも事実のよう。だから東京での行動は本人たちの意向に任せている」と説明する。
渋谷駅では、待ち合わせ場所として有名な「ハチ公」像の前で写真を撮る修学旅行生の姿を頻繁に目にする。撮影し終えた学生に聞くと、この行為も「候補のひとつ」にすぎない実情が浮かび上がってきた。「時間があればモアイ像の前でも写真を撮りたいし、『109』にも行ってみたい。でも、まずは『竹下通り』に行ってから」「最初に竹下通りに行ったから、あとは特に当てもなく渋谷に来てみた。とりあえず有名なところは見に行ってみる」「センター街、スペイン坂も名前を聞いたことはあるけど、時間がないから多分行かない。竹下通りには絶対行く」渋谷で会った修学旅行生も、やはり異口同音に「竹下通りには行く」と話す。渋谷・原宿エリアでは「竹下通り」が圧倒的な人気を誇っているのがわかる。ちなみに、渋谷区内で竹下通り以外の訪問候補地として挙げられた人気スポットは以下の通り。
一方、竹下通りで休憩中の学生に次の行先を聞くと、「東京ドーム」「お台場」「都庁」「スタジオ・アルタ」などが挙げられた。テレビでよく見かける光景を実際に確かめに行くような行動パターンが浮かび上がる。
それでは彼らは一体、どのような消費行動をとるのだろうか。ヒアリングによると「竹下通り」で実際に「買い物」をする生徒は半数程度。青森から来た男子学生は「予想以上に洋服の店が多い。地元よりすごく安いから、いっぱい買ってしまった」と頬を紅潮させた。愛媛から来た女子のグループは「洋服を買うつもりで来た。でも種類がありすぎて選びきれない」と屈託なく答えを返す。概して、修学旅行生にとっての主目的は「訪れる」ことにあり、そこから成り行きで「買う」行為に移行するのが大勢の様子。おみやげは別の場所で購入し、ここではもっぱら「自分の好きな物を買う」ことになるようだ。ヒアリングでは、学校の規定で旅行中に許される小遣いの額は3~4万円が相場のようだが、ほとんどの学生は「プラス1~2万円は持ってきている」らしい。このプラス分は「自分自身の洋服を買うため」という。
「ACDC RAG STORES」が展開するカジュアルウェアショップ「古着王」は通りから一歩奥に入った位置にありながら、1日に700人余りの客が訪れる。そのうち約4割は修学旅行生が占めるといい、立地面による不利益はまったく感じさせない。同社代表・土居俊彦さんは「うちはメインの通りに面していない分、店内が混み合っている時は外で待っていられる。通行人の邪魔にならないばかりか、彼ら自身もひと息つけるのでは。また地方から来た学生にとっては、『一歩奥』は『ちょっとした発見』に感じられるのかもしれない」と、修学旅行生に人気の背景を分析する。修学旅行生にはリメイクのカバンやタンクトップ、デニムのパンツなど幅広い商品が売れていくという。平均客単価は約2アイテムで6,000~8,000円程度。
中学生は、世代的にもちょうどファッションに興味を持ち始める年代。修学旅行では、「自由に買い物ができる」という「時間」と「お小遣い」が与えられ、地元にはない豊富な商品を目の当たりにする体験の場でもある。「旅行中」という弾んだ気持ちも後押しし、学生は財布の紐を緩めてしまう。あるブティックでは金曜日に限り「学生割引」で20%オフになるサービスを行っているが、「修学旅行生割引」は曜日を問わず割引とし、「修学旅行生」の集客策にも抜かりがない店も少なくない。
ACDC RAG STORES学生をターゲットに展開するプリクラ集積スポット「原宿プリッコ」は、以前は地上に出店していたが、今年2月、木造複合店舗「ハッピーハーツ」の開設に伴い、3月から地下1階で再スタートを切った。地下へ続く入り口には「原宿の思い出に」との看板を掲げ、行き交う修学旅行生の関心をくすぐっている。利用料金は400円が中心。全16台揃えるプリクラ機の中で、同店で一番の人気を誇るのが「美的革命」と呼ばれるマシン。「肌を美しく撮影する」をテーマに、「くっきり美肌」から「色白美肌」まで4段階のストロボ調節が施されているのが特徴で、背景やフレームなど好みで選べるオプションも多数搭載されている。同機を含め、最近は撮影時に落書きができる機能が支持を集めており、同機能を備えた「WITH」や「桃色宣言」などのマシンも人気が高いという。
同店にあるプリクラ自体は特別「原宿限定」ではなく、全国で導入されているマシン。しかし同店へ1日に訪れる300~400人のうち、およそ6割以上を修学旅行生が占めるという。彼らの来店理由について、同店を運営するロングストン専務の石井弘一さんは「地方から来た学生には『原宿で撮った』という証拠をシールに文字で書き込める点がうけているのでは」と分析し、「自由に落書きができるプリクラのメリットが最大限に活かされた形」とも見ている。同店では集客効果を狙って、割引チケットも発行している。割引券は「竹下通り」のファストフード店など計7店で配布されており、持参すれば100円引きでプリクラが利用できる。割引券の発行に伴い入店率は1.5倍にアップしたという。
さらに同店では、盗撮などの犯罪防止のために男性の入店を禁止しているが、修学旅行生に限り男子にも開放する。実際に訪れる男子のみのグループは5%にとどまるものの、石井さんは「行動するグループは男女混成も多いので、一緒にシールを作って帰ってもらえれば、いい思い出になるはず。修学旅行生は『竹下通りに来た』という記憶を残したい。値段も高くないプリクラは『手軽な記念品』として打ってつけでは」と男女開放の意義を強調する。
ロングングストン近隣の学校に通う女子中学生は「竹下通り」について「来れば大体のことはできる場所。洋服とか、アクセサリーを売る店は多いし、クレープも食べられる。プリクラも撮れる」と話す。恐らく修学旅行で訪れる学生も同じイメージを抱くに違いない。テレビや雑誌などで繰り返し目にする「竹下通り」を「実際に歩く」ことは「東京に来た」ことを最も実感できるスポットのひとつともなっている。店側も彼らを重要な想定顧客層として設定し、「記念」を訴える看板などで購買意欲を刺激する。一方、ヒアリングの中で意外な「盲点」も浮上する。旅行中の学生の多くは昼食を「通りとは別の場所で済ませた」という。「気楽に入れるファストフードが少ないし、混んでいて入れなかった」との声も少なくなかった。彼らのこうしたニーズに応える飲食店の充実は、「いい思い出づくり」をさらに助長するのかもしれない。
人混みの中、行列に並んだり、昼食にありつけなかったり、勧誘に遭ったりしながらも、修学旅行生は数人のチームになって竹下通りの「雑踏感」を、いわば「非日常体験」として存分に味わっているようにも映る。加えて「竹下通り」が、東京ドームやお台場など他の人気スポットと圧倒的に差別化できる点がある。それは「同世代」体験。東京の同世代のティーンエージャーと肩を並べて「歩いたり」「ショッピングしたり」「食事をしたり」できるのが「竹下通り」でもある。こうした同世代間の「無言」の触れ合いが、その後、東京への憧憬に結びつく発火点となっていくのだろうか。