2月12日、渋谷東映で「Deep Love アユの物語」の完成披露試写会が開催され、女子高生約300人が詰めかけた。原作はアクセス数2,000万件を突破した同名のケータイ小説。2002年末に一般書籍化され、シリーズ単行本は160万部を突破、2003年度の年間ベストセラー文芸部門2位(日販調べ)にも入った話題作だ。脚本・監督は原作者のyoshi氏が担当した。この日、yoshi氏の他、ファッション雑誌「Cawaii!」「Ray」などで活躍する渋谷系モデルで、1,600名の一般オーディションから選ばれた主演の新人女優、重泉充香さんや共演した竹中直人さん、ヒップホップユニット「Lead」の古屋敬多さん、黒田アーサーさんらが舞台挨拶を行い、映画をアピールした。会場では、劇中に登場するキャラクターに自信を重ね合わせ、感極まって涙する女子高生の姿に、居合わせた関係者も驚きが隠せなかった。
また、音楽プロデューサーは渋谷を中心とする路上ライブで活躍する川嶋あいさんが担当し、この日も上映前に主題歌「12個の季節~4度目の春~」を披露した。川嶋さんは路上ライブ後の「手売り」で8,000枚を売りさばき、昨夏には女子高生初の渋谷公会堂ワンマンライブを達成、その中でテレビのバラエティ番組「あいのり」(フジテレビ系)の主題歌を歌う「I Wish」のボーカルaiであることを告白し、一気に全国区の知名度を得た。2月18日には同名のセカンドマキシシングルをリリースし、劇中でしか聴けない「Deep Love」バージョンが主題歌として挿入されている。
川嶋あいMy Room公開は配給会社に委ねず読者からの「応援メール」を募集し、その声を背景に全国の劇場に公開を求めていくという、極めて「異例」の興業スタイルを採る。「Deep Love」を書籍化したスターツ出版の社員で、同作品の宣伝プロデューサー補を務める東さんは「劇場の稼働率80%を目指したい」と、インディペンデント系ながら集客面でも自信を覗かせる。さらに「回りの観客を考えると、大人は多分恥ずかしくて観に行けないだろう。ターゲットは完全に女子高生に絞り、その中での高い認知率を背景に動員に結びつけたい」と話している。それだけに「業界でも、この映画は異例な面が多く、興味を持つ関係者は多い。あとは、公開までの短い期間にどれだけの宣伝ができるかが勝負」と、最後のラストスパートに意気込みを見せる。
映画は4月3日、渋谷シネパレスを中心に新宿、銀座、大阪で公開され、その後順次上映館数を増やしていく計画。現在では全国で約15館での上映が決まっている。原作が生まれた渋谷では、公開前にプロモーションの開催を予定しているが、「内容はまだ明かせない」(東さん)そうだ。さらに「『Deep Love』のコンテンツは、今後も何らかの形で発展が続く」(東さん)と、映画上映後の広がりを匂わせる発言をしている。以前、業界の中に漂っていた「渋谷を舞台にした小説は意外と売れない」というジンクスも見事跳ね返した、100%渋谷発のコンテンツは今春、どこまで広がりを見せるのだろうか。
Deep Love アユの物語コンテンツもさることながら、渋谷発のヒット現象としてはミニシアターの存在が欠かせない。中でもロングラン作品を続出してきたシネマライズの影響力は全国に及んでいる。昨秋、宮藤官九郎氏の脚本で話題を集めた「木更津キャッツアイ」は、当初、木更津東映と渋谷のシネマライズで先行上映され、11月1日は、シネマライズ開館以来の初日動員数を記録した。
渋谷のミニシアター増殖は、単館の草分け的存在とも言えるユーロスペースが1982年にオープンしたことに端を発する。1985年のシネセゾンに次いで1986年、スペイン坂上にシネマライズはオープンした。渋谷シネマライズを経営する泰和企業代表の頼光裕氏は同館オープンの経緯について「当時は西武やパルコが全盛期の時代で、その一角に新しく商業ビルを建てても、飲食系のテナントを集めるのは難しいと考え、当初は松竹とのタイアップにより映画館業態を立ち上げた」と話す。オープン当時、北川原温氏設計による個性的な外観は渋谷の話題をさらった。その5年後には松竹との提携解消を機に、シネマライズは完全なインディペンデント系として出発した。
シネマライズからはこれまで数々の伝説的なロングラン作品が生まれている。同館興行収入順の上位ランキングは以下の通り。
タイトル | 興行期間 | 興行収入 | |
---|---|---|---|
1. | 「アメリ」 | 2001/11/17~2002/7/19 =35週 |
2億8,150万円 |
2. | 「トレインスポッティング」 | 1996/11/30~1997/7/18 =33週 |
2億3,896万円 |
3. | 「ムトゥ 踊るマハラジャ」 | 1998/6/13~1998/11/20 =23週 |
2億814万円 |
2000年に公開された「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」も約6ヵ月のロングラン上映で話題を集めた。
シネマライズからこうしたロングラン作品が生まれる背景について再び頼氏に聞いた。「シネマライズでは、映画を商品としてではなく、あくまでも作品として捉え、基本的な部分をきちんと伝えた上で、差別化を図るためのフックを考えている。映画のプロモーションはラッピングのようなもの。元の作品が良くて、ラッピングが上手くいった時に、もの凄い広がりが生まれる」と話す。言葉通り、シネマライズでは、上映作品のプロモートに関して事前に配給会社と徹底的な意見交換を行っている。パンフレットなどの文字表現からインパクトのあるキービジュアルの選定まで、納得のいくまでキャッチボールを行った上で、上映に臨む。逆に「配給会社とキャッチボールが上手く出来ないときが一番辛い」(頼氏)とも言葉を添える。
頼氏の言う「ラッピング」とは、具体的にどういことを指すのだろうか。例えば大ヒット作品「アメリ」の場合は、鮮烈な映像と心に染みる音楽が、キャッチコピーで言い切った「幸せになる」気分と巧みに絡み合い、大ヒットを生み出した。「木更津キャッツアイ」では、配給元のアスミック・エースと協議、当初は木更津と渋谷のシネマライズのみで限定公開を行い、その後、池袋など他のエリアに上映館を広げていった。これは同じアスミック・エースとタッグを組んだ「ピンポン」の渋谷先行上映での成功を踏まえたもの。「仮に『用意ドン』で全国一斉に封切ったら、あっという間に消化されて、あれほど長くもたないと思う。渋谷発というイメージがあることでじわじわと広がりを見せて、若い人から自分たちの映画だという共感が得られたのではないか。最初は小さく発信していくのが『渋谷発』の特徴かも」(頼氏)と、全国区へ向けた渋谷の情報発信メカニズムを分析する。
映画が社会現象にまで広がるのも、ラッピングが上手くいった証し。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の公開後はラムの売り上げが3割アップし、「ムトゥ 踊るマハラジャ」の場合はインドへの旅行者が3割増えたと言われる。シネマライズでは1作品に付き動員3万人が、成功のひとつの目安。ただ、最近は「読み」が難しく、これをクリアする作品を生み出すのが難しい一方で、突如10万人超の作品が飛び出したりすると言う。シネマライズでは、早くから高校生の入場料を1,000円にしたり、今春にはデジタル作品の上映を可能にする機材の拡充を図るなど、時代の変化と共に自ら変化を続ける努力を怠らない。「決して老舗になっちゃいけない」と言う頼氏の強い意識が背後にある。3月21日からはニコール・キッドマン主演の最新作「ドッグヴィル」の公開が始まる。
シネマライズ渋谷が全国に誇る物販の聖地と言えば「SHIBYA109」。各地の商工会議所などから要請され、今や宇都宮、町田、香林坊(金沢市)にも「109」が展開している。109からスタートした「エゴイスト」や「セシルマクビー」などのカリスマブランドも、今や全国に各数十店舗を展開する規模に拡大した。
SHIBUYA 109「SHIBYA109」のB1Fに、開店当時からあるのが「ソニープラザ渋谷109店」。同店は、全国に直営店56店舗を展開する通称「ソニプラ」の中でも、異色な店として知られている。これまで、この店から火が付いたヒット商品は決して少なくない。例えば、一斉を風靡した「ルーズソックス」。1989年頃、青学の女の子たちの間で、スポーツ用の厚手のソックスをくしゅくしゅとたるませてはくのが流行り、これに目を付けたソニプラが「E.G.スミス」というアメリカのブランドを日本に入れたところ、瞬く間に大ヒットを記録した。「ソニプラ」の倉庫は当時、天井まで「ルーズソックス」の箱が山積みだったという伝説もある。ちなみに同店では今でもルーズソックスを取り扱っており、最新の商品はさらに長くなって遂に140センチのものが登場した。価格は2,400円。主に週末に来店する地方からの来店客が買っていくと言う。
「ソニプラ」と言えば、以前はステーショナリーのイメージも強かったが、同店では場所柄コスメ関連の売り上げが主力となっている。今、同店で頻繁に品切れを起こすほどのヒット商品になっているのが、昨年からソニーCPラボラトリーズが発売を開始した「ALABA ROSA」のコスメブランド「anuenue(アヌエヌエ)」の「フェイスパウダー」。中でも4色あるうち最も濃い色の「703ブロンズパール」の人気がダントツの人気。美白系が主流となる中、今や「ガングロ系」にこだわる層のマストアイテムとなっており、入荷する傍から売れていくと言う。
anuenueさらに渋谷店では、マスカラの人気が高い。数年前に渋谷店から火が付き、今や全国で売られているのが「デジャビュ ファイバーウィッグ」(1,500円)。「マスカラじゃない。これは塗るつけまつげ」のキャッチコピーと共に、口コミで人気が伝わり、発売当時は1日に700個以上が売れたと言われる。今でも、圧倒的な売り上げでマスカラ1位の座を確保している。「繊維を2倍配合し、塗れば塗るほど長くなり、ダマにならず、クレンジングが簡単」という点が大きく支持されている様子。ちなみに同店のマスカラの売れ筋2位は「30%空向きカーブ」の「メイベリン スカイハイ カーブ」(1,200円)、同3位は「K-パレットのリアルブラックマスカラ ボリューム03」(1,350円)、コーム不要のセパレート力が人気だ。「世界のマスカラ売り上げNo.1」を誇る「ロレアル ダブルエクステンション」(2,500円)の発売以来、高い支持を受けている。マスカラ以外にも、張力によってまぶたにライン状の凹みを作り、二重まぶたにする「ストレッチファイバーMEZAIK」(1,200円)が安定した売れ行きを示すなど、「目元」回りの商品に人気が集まる。
同店スタッフの堀内さんは「ソニープラザの中でも渋谷109店だけ、他の店舗と明らかに売り上げの傾向が異なる。渋谷109店はタレントやモデルさんなんどの利用も多く、口コミ効果がダイレクトに反映されやすい店。週末は地方からのお客さんも多く、それが全国へ波及する引き金にもなっているのでは」と話す。
ソニープラザ渋谷発のヒット商品は、当初は渋谷だけでしか買えないという状態の中、地方の消費者にとっては雑誌などを通じて情報だけが先行して伝わりながらも、実際に買えない期間が続き、購買意欲がじりじりと喚起されていくのが特徴。さらにこの間、渋谷に足を運んだ友人や知人から、少しずつ実際の印象や試用感などの口コミ情報がさらに上乗せされ、購買意欲がパンパンに膨らんだところへ、いよいよお目当ての商品が渋谷から「上陸」することでブレークするのが、渋谷発ヒット商品のメカニズム。当然、この「じらし」期間が適度に長いほど、大きなヒットに結びつく可能性は高くい。渋谷の場合、その情報発信力の高さとスピード感が、明らかにこの可能性を高めていると言えそうだ。