今、都内を中心に「ツーキニスト」と呼ばれる自転車通勤者が増えている。「自転車ツーキニスト」とは、自らも「自転車通勤で行こう!」というサイトを運営し、「自転車生活の愉しみ」(東京書籍)や「快適自転車ライフ」(岩波書店)などの著書がある疋田智氏によって名付けられた。
自転車通勤でいこう!渋谷区・広尾でアジアンテイストのインテリアを扱う「MAC JATI」(マックジャティ)の店長・丹羽亮介さん(26)も「自転車ツーキニスト」のひとり。新宿の自宅から自転車で通勤し始めて約半年。明治通り沿いから表参道に抜け、宮益坂、代官山と「基本」のコースは片道25分だが、「寄り道が面倒ではないから、気軽に本屋やCDショップに入ることが多い」と話す。その日の気分で道順を変えたり、新しい店を探しながら通勤することも可能な点を「自転車通勤のメリット」と強調。「ようやく暖かくなったので」と、これからはどんな悪天候にも屈さない覚悟を決めている。
マックジャティ都心部に勤める人々の多くは、プログラマーやエンジニアなど、オフィス内で比較的体を動かす機会の少ない職種に従事していることが特徴と言えるだろう。また渋谷エリアは各種ショップの他、デザイナー、アニメーターなど、クリエイター系の事務所が軒を連ねるエリアでもある。近年、自転車通勤が急速に支持され始めている背景には、従来から掲げられている「健康にいい・環境にいい・渋滞がない」という点に加え、屋内に「こもる」仕事に就く人が「外の風に触れる」、まさに貴重な「気分転換」としての側面がクローズアップされているようだ。
都心をステージに、自転車で街を駆け巡るイベントも盛んになってきた。4月20日、赤坂のプルデンシャルタワーを発着点とするサイクリング大会「バイシクルライド2003イン東京」が催された。コースは15kmと20kmから選択でき、霞ヶ関、大手町、銀座など東京の「看板地域」を巡回。渋谷エリアでは、青山・表参道・外苑前が20kmコースに含まれた。大会には、事前に予約した400人が参加、およそ35%を女性が占め、30歳前後の年齢層が目立った。タイムや到着順を競う「レース」ではなく、時間差でスタートし、一定の制限時間内でゴールすればいいという方式を採用。参加者は思い思いに途中でカフェや雑貨屋などに立ち寄り、平均して2~3時間でゴールに辿り着いた。
大会の目的について、同イベントの運営を手掛けたスポーツ・プランニング・ハウスの事務局長・田辺達介さんは「最近の都心は、政府の進める都市再生プロジェクトの甲斐もあり、のんびり時間をかけて見て回るのが丁度いい街並みになってきた。そこで、自転車を利用しながら『都会をゆっくり見物してみましょう』というコンセプトで開催した」と話す。15km、20kmの両コースとも「実は東京で楽しめるスポットは、電車や自家用車で訪れるには適さない場所が多い」ことに着目し、「名所」と呼ばれるスポットを結ぶことが実現できたという。一方で同氏は、都市生活で自転車が根付くための障害として、「法律と道路の整備」を指摘する。「欧米諸国に比べても日本の道路は、まだまだ歩行者専用道路で自転車が走っていいのかどうかが曖昧。その辺りを早急に整えないと、せっかく街が自転車向きになっても、それがうまく反映されずもったいない」とも。
当日はあいにくの雨模様にもかかわらず、ケガやアクシデントも発生せず、参加者は「道路脇の木々に雨の滴が映え、きれいだった」との感想を述べていた。なお、参加費は4,000円(大人1人)で、うち半分は難病の子どもたちへの援助金として寄付された。
バイシクルライド2003イン東京他方、渋谷区内でも、駅前を中心とする自転車の「放置」は大きな社会問題となっている。「駐輪場」と呼ばれる施設には、大きく分けて3つのタイプがある。
渋谷区内の駅周辺には21カ所、計5,811台が保管できる自転車駐輪場が設置されているものの、実駐輪率は50%程度に留まっている。実態調査では区内に乗り入れる自転車の総台数は9,000台であることから、約6,000台の自転車が放置状態にあると推察される。
渋谷区役所・自転車対策係では、平成3年に施行された自転車放置条例に基づき、同区内の京王線笹塚駅・幡ヶ谷駅・初台駅、小田急線代々木上原駅、JR恵比寿駅を自転車放置禁止地域に制定。これに加え、各駅から概ね300~500mの区域を対象に、放置自転車の即時撤去を行なっている。未指定の地域についても、3日以上の放置車は撤去に踏み切るという。撤去台数は同条例施行初年度で1万台を達成し、昨年度は19万台に上った。撤去された自転車は区内5カ所の集積所に移送されるが、この保管スペースも慢性的な飽和状態に陥っている。同対策係の新村さんは「自転車利用の高まりとともに、駐輪場の整備も急務となっている。しかし土地の確保も難しく、また施設整備後の稼動性も計算しにくい。需要に対して対策が立ち遅れているのが現状」と明かす。自転車の放置問題に対する特効薬はまだ見つかっていない。
渋谷区役所昨年10月、青山学院西門近くに自転車専門店「This is(ディスイズ)」がオープンした。もともと同店は大阪で20年以上の実績を持つバートコーポレーション(大阪市中央区)が初めて手掛ける東京の拠点だ。大阪では心斎橋に「ベスパショップ」を手掛けるほか、自転車の製造卸や輸入販売も手掛ける。東京店のコンセプトは「自転車で遊ぶ」。
同店のメイン商品は「TOKYO Bike」と名付けられ、様々なパーツの組み合わせによる同店オリジナルの自転車。ラグレスと呼ばれる接合部に段差の無いフレーム、この自転車のために独自にメーカーに依頼したオーバルハンドル、ペダルを逆回転にしてブレーキングを行うシマノ製コースターブレーキ、ブラックアウトされた27インチ径の専用タイヤなど、随所に同社代表、笑中さんのこだわりが伺える、フレームのカラーは5色(グレー、ブルー、ネイビー、ブラウン、グリーン)で、価格は38,500円。
さらに、約15坪の店内では珍しい輸入自転車がディスプレイされている。1970年代から1980年代にかけてイギリスから輸入されたラレー社の「ラレースポーツ」(138,000円)が目を引く。同社の倉庫で約30台が眠り続けていたが、毎年、タイヤの空気を入れ替えるなどのこまめなメンテナンスで、30年という時の長さを忘れさせるくらい程度よく保存されていたもの。さらにユニークなのがワークスマン製の「ピザデリバリー」(99,000円)という全米ナンバーワンのシェアを持つピザのデリバリーバイク。同社は、1898年創業のアメリカの代表的業務用自転車メーカー「ワークスマン」の日本総代理店。マンハッタンの街角に立つ「ホットドッグスタンドカート」やアメリカの飛行場や航空母艦でもワークスマンの自転車が活躍している。
そんな大の自転車好きの笑中さんが、渋谷にショップを構えてまず感じたことは「人と自動車の多さ」だった。特に渋滞中の自動車の排気ガスを見て「渋谷に来るときにわざわざ自動車で来なくても、電車などで渋谷まで来て、渋谷圏内の移動は環境破壊のない自転車で移動したらどうか」と考え、思いついたのがレンタサイクルだった。ただ、観光地にあるようなレンタサイクルではなく、あくまでも渋谷の街を散策しながら買い物するといった用途が想定されるため、使用する自転車にも街乗りのライフスタイルに合ったものが必要と考え、同店で取り扱う「TOKYO Bike」の特別仕様車を使ったサービスを計画する。その後、シブヤ経済新聞とのコラボレーションにより、広域渋谷圏における初のネットワーク型レンタル自転車サービス「RE/bike(リバイク)」を構築、ゴールデンウィーク最中の5月3日(土)より、サービスを開始する。
同サービスの特徴は、広域渋谷圏のカフェやギャラリーで「乗り捨て」ができる点にある。当面、貸し出しに際しては青山学院・西門近くにある「This is」内の「RE/bikeステーション」で受け付け業務を行うが、返却に際しては広域渋谷圏内に設けられた4カ所の返却ポイントで「乗り捨て」ができる。返却ポイントは以下の通り。
渋谷:Shibuya Underpass Society / Planet 3rd JR渋谷新南口に近い東急東横線ガード下のカフェ。
南青山:WANCAFE(椀カフェ)
昨年10月にオープンした、青山・根津美術館横の北坂途中の閑静な一角ににあるカフェ
神宮前:デザインフェスタ 気鋭のアーティストをインキュベートする複合レンタルギャラリー
恵比寿:オープニングカフェ JR恵比寿駅に位置する、トラベルエージェンシーとのコラボレーションカフェ
協力する各店では、自転車を介した「広域渋谷圏ならではのネットワークづくり」に期待をかける。協力スポットの1店でもあるShibuya Underpass Society / Planet 3rdを運営するコミュニティー・アンド・ストアーズのCEO・楠木さんは「環境を汚さず、街の表情をダイレクトに楽しめる乗り物として、自転車は渋谷に最適。自転車がとりもつ新しいコミュニティに期待したい」と、参画の背景を話す。
サービスは、土曜・日曜・祝祭日の10:30から日没(夏季18:30、冬季17:00)までで、貸し出し時に申請することにより希望の返却ポイントで返却できる。料金は利用時間に関係なく1日1,700円で、「RE/bikeステーション」以外のポイントで返却の場合は、別途300円の手数料が必要となる。サービス当初はとりあえず10台体制で臨み「試行錯誤を繰り替えしながらサービスを拡充していきたい」と、笑中さんは話す。
全国でも珍しいケースとなる「都心部」かつ「乗り捨て」可能なレンタル自転車サービスは、果たしてどのような形で広域渋谷圏の新しい楽しみ方を提供してくれるのだろうか。起伏が多く、入り組んだ路地を自転車で駆け巡る「裏道探検」が、新たなメニューに加わりそうだ。