2004年5月12日に文部科学省より発表された「高等学校等における国際交流等の状況」の調査によると、平成14年度に3ヵ月以上の留学をした高校生は延べ4,160人。高校留学者数としては10年前から横這いの数字を示しているが、少子化により高校生の数そのものが減っているため、比率的には年々増加しているとも言える。留学先の国は全部で50ヵ国を数え、1位はアメリカで1,727人、2位はカナダ635人、3位オーストラリア592人、4位ニュージーランド544人、5位イギリス211人の順となっている。このうちアメリカは年々人数が減少する傾向にあり、反対に留学先として人気が上がっているのはオーストラリアとニュージーランドだ。
留学先国等別生徒数・主催者数(文部科学省) 推移グラフ(文部科学省)また、3ヵ月未満の短期留学や研修旅行をした高校生は3万3,240人。平成12年度に比べると約6,000人の減少だが、ここ10年間で見てみると概ね増加傾向にあると言える。留学先は計41ヵ国で、1位はオーストラリア1万319人、2位アメリカ7,078人、3位ニュージーランド4,112人、4位カナダ3,464人、5位イギリス3,293人。上位国は3ヵ月以上の留学と同じ顔ぶれだが、平成12年度からアメリカを抜いてオーストラリアが首位となっている。
研修旅行先国別生徒数・主催者数(文部科学省) 推移グラフ(文部科学省)そこで、近年人気が上昇しているオーストラリア・ニュージーランドへの高校生留学に関して、多くの実績を誇る留学サポート会社「ICC国際交流委員会」の広報担当=曽根さんに話を聞いた。「近年のオセアニア留学人気の要因は、アメリカやイギリスに比べ留学受け入れ態勢が整っている高校が多いことが一番に挙げられる」と話す。具体的には、第一に英語のサポート授業を実施している高校が多いという点。アメリカやイギリスでは英語のサポート授業を行なっている高校が少ないため、授業についていけるレベルの語学力を持っていない生徒の場合、外部の語学学校へ通ってから高校へ入学することになる。当然その分、留学期間も費用も余計に掛かるため、高校に入学して留学生活をしながら英語のサポート授業を受けられるオセアニアの方が「スムースかつ割安」という訳だ。二点目はホームステイや寮の制度が全国的に確立されていること。三点目は4学期制のために留学できる時期が年4回あることだという。アメリカやイギリスでは年1回、9月入学が原則のため、オセアニアなら留学を決意してすぐに準備ができるのも魅力になっている。
「アメリカやイギリスに比べて費用が割安だという点もメリットとして大きい」と、曽根さんは付け加える。留学費用の相場としては、アメリカやイギリスの場合、学費と滞在費だけで年間200~400万円かかるところ、オセアニアは120万~150万円で済むそうだ。もちろん、前述の費用には渡航費および保険料、現地での小遣いや交通費などは含まれていない。そのため、現地の物価の安さも、留学期間が長ければ長いほど大きく影響してくる。曽根さんは「その他にも、治安の良さや国民のフレンドリーな気風、時差の問題、気候が日本と似ている点など、オセアニア留学のメリットは大きい」と言い切る。同社を訪れる留学希望者のほとんどは、事前にインターネットで情報収集し、前述のメリットを踏まえた上でオセアニアに留学を希望する学生が多いという。
現在の留学事情で昔と違う点は「親の意識」だと曽根さんは言う。「『子供たちさえ良ければ』『自分なりの生き方を見つけてもらえれば』といった、ニュートラルな考えの両親が多いのが最近の特徴」という。一昔前の世代の親は、「こう生きて欲しい」という願望が強く、留学も「行くからには根性で頑張って来い」と、喝を入れるタイプが多かったそうだ。しかし今は「留学先が自分に合わなければ別の方法もある」というように、親の姿勢が柔軟にシフトできるようになってきているという。曽根さんは「親の意識が昔と変わったことで、子供のほうも『留学したい』と気軽に言い出せるようになったのでは」と推察する。同社が留学を世話した高校生はここ5年間、毎年約30名ずつ増えている。親から将来について「こうでなければいけない」というレールを敷かれることもなく、将来の進学や職業の選択が自由である反面、確証を持ちづらい今の10代。国際感覚の必要性を親子共に強く意識している今、高校生留学は進学の選択肢のひとつとして確実に根付いているようだ。
ICC国際交流委員会一方、留学関連情報誌の企画編集を手掛け、留学情報サイト「高校生留学.com」も運営するカンジ取締役の鈴木さんはこう話す。「以前よりも高校生留学が身近になり、現在は親の熱心度が上がった。『インターナショナルな子に育てたい』という思いが強く、早い段階から子供を洗脳し、子供もそれに影響を受けて海外に目を向けるようだ」と鈴木さんは見ている。親の考えに順応した10代は、『英語がしゃべれたらカッコイイ』『将来は海外の大学に行きたい』『英語を使った職業に就きたい』という漠然とした意識を持ち始めるという。その背景に「親自身が日本の会社における終身雇用の崩壊やリストラに直面している世代であり、そうした親を見て育った10代は、日本の会社や日本での仕事に憧れを持てなくなっているのでは」と、鈴木さんは推察する。思考が現実的な今の10代は、「高校生留学=グローバルな職業に就ける」とは考えていない。留学さえすれば世界を股に掛けた仕事ができる程、今の世界は甘くない。それを理解している今の10代は、留学に対してもクールな見方をしているようだ。
高校生留学.com最近の留学傾向としては、日本の高校のバックアップ姿勢も見逃せないと鈴木さん。文部科学省では、1988年度から海外留学中の学習の成果を日本の高等学校における履修とみなし、30単位の範囲において各高校の校長が認定できることと定めた。そこで、学科に「留学コース」を設定している「滋賀学園高等学校」(滋賀県八日市市)の教諭である近藤さんに話を聞いた。「本校は1998年まで女子高だったが、1999年の男女共学化に伴い教育制度を見直し、6年前から留学コースを開設した」と、近藤さん。同校には、1年間のカナダ留学を中心にカリキュラムを編成した「留学コース」の他、文系難関大学への進学を目指した「国英コース」「進学コース」「福祉コース」「生活情報コース」の5つのコースを設けている。全校生徒数240名に対し、現在留学コースの生徒は20名。同校へ収める授業料は各コース同じだが、留学費用は別途約200万円が必要となる。
同校はカナダの4学区9校と姉妹校契約を結んでいる。カナダを留学先に選んだ理由は、「(アメリカと比べて)治安が良いこと、費用や現地での物価が安いことのほか、きれいな英語が学べること、生徒たちに受け入れてもらいやすいイメージを持った国であることなど」(近藤さん)だという。カナダの高校は9月入学のため、留学コースの生徒は1年生の2学期から留学し、翌年の6月に帰国する。「同校では、留学コース以外の4コースの中でも留学を希望する生徒が多かったため、カナダに1年遅れてニュージーランドでも9校と姉妹校契約を結んだ」と、近藤さんは付け加える。現在、留学コース以外の生徒13名がニュージーランドに留学中だそうだ。この場合も留学中の学習成果を30単位の履修とみなすため、留学期間は最低1年間で、留学期間も含めて3年間で卒業できるシステムになっている。
帰国後の反応について、親からは「英語が上達したということよりも、自主性や積極性の表れという内面的な成長を喜ぶ方が多い」(近藤さん)とのこと。親元にいたときは身の回りの世話もすべて親任せだった10代が、留学先でホームステイの経験することによって「自分のことは自分でやる」という習慣が身に付くからだ。一方、生徒本人も帰国後は英語の学習に更なる意欲を見せるという。近藤さんは「これまで留学コースでは3回卒業生を送り出したが、カナダの大学に入学した生徒もいれば、『将来は英語を使った職業に就きたい』という夢を抱え始めた生徒もいた」と話す。
日本の高校が海外の高校と姉妹校契約を結ぶなどして留学をサポートすることは、少子化が進む日本では差別化を図り、生徒数を確保するという学校側の狙いもあるだろう。そして現在、10代の留学に対するニーズが高まる中、日本の高校が留学制度をカリキュラムに組み込む傾向は今後さらに拡がりを見せそうだ。
滋賀学園高等学校元ジャーナリストの難波さんが、語学スクールとして1984年に開設した「カナディアン・アカデミー・セタガヤ」では、イギリスやカナダへの留学カウンセリングも行っている。現在、教育界からも注目を集めているのが、不登校や引きこもりの子供たちを海外に留学させる「転地療法」(難波さんによる造語)だ。いじめや病気などから普通に学校へ通えない子供が増えている、現代の世情を反映した新しい留学のカタチについて、難波さんに話を聞いた。「日本の学校に馴染めない生徒を海外の提携校へ留学させる『転地療法』で、これまでに約50人を海外へ送り出した」と難波さん。その中には、ベルギーの王立美術大学へ進んだ子や、宇宙飛行士を目指して英国で学び続けている子もいるという。「不登校や引きこもりの10代は夢を持てないでいる。しかし、そんな彼らも何らかの夢を抱き、何かしなければと考えているようだ」と話す難波さんは、将来が描けず混沌としているティーンから夢を引き出すことに奔走している。
日本フリースクールの副理事も務めるという難波さん。現在はどのような事情を抱えた10代が不登校や引きこもりになり、海外留学で何を得て立ち直るのか、具体的なケースを聞いた。「ある中学2年生の男の子は、父親の仕事の関係で幼少期に5年間アメリカの現地校に通い、帰国後中学時代にいじめに遭って本校を訪れた」。彼は、英語混じりの話し方をクラスメートに茶化され、学級委員長に立候補してからはさらに敬遠され、英語教師の下手な発音を指摘しては嫌な顔をされた。ある日、彼の机一面に「死ね」という文字が書かれていたという。「そこで夏休みを利用し、彼をロンドンへ英語研修に送り出した」と、当時を振り返る。日本語訛りの英語をわざと使っていた彼は、元の自然な英語で自ら積極的に周囲に話し掛け、寮で同室のロシア人と仲良くなったそうだ。「帰国後、彼は『いろいろな(世界の)人と会って、考え方が広くなった』と、話している。高校では友人も増えた」と難波さん。彼は現在も大学で英語を学び、「英語圏で活躍するスポーツライター」という具体的な夢に向かっている。難波さんの狙い通り、留学によって夢を引き出されたケースだ。
難波さんがサポートする留学内容は、不登校や引きこもりだけではない。「時代のニーズを汲み取り、画一的なプログラムではない手作りの留学サポートを心掛けている」と言う。そんな難波さんが少子高齢化や核家族化という時代の傾向を配慮して考え、ヒットさせた留学形態が「孫との留学」だ。「シニア世代は非常に真面目で、彼らの異文化や勉強への姿勢が孫にもたらす影響は大きいはず」と難波さんは語る。今のシニア世代は時間的にも経済的にもゆとりがあり、孫への接し方も一般的に両親に比べて大らかだという傾向にある。そんな祖父母と一緒に留学することによって、子供はのびのびと国際感覚を身に付けていくのだろう。東京都に住む10歳のメグミちゃんは、2002年の春に71歳の祖父と11日間のオーストラリア留学を経験した。「言葉もできるようになるし、おじいちゃんは頼りになるし、とても楽しかった」とメグミちゃんは感想を話す。「孫との留学」はネット検索や口コミなどで参加者が集まり、今年の夏には15、6組の予約があるという。
カナディアン・アカデミー・セタガヤ英語力を身に付けるためには、現地で生活をしながら学べる留学はある意味手っ取り早い。しかし費用面を考えれば、手軽に選択できるものでもない。そんな中、留学する10代の割合が増えているのは、親の教育に対する考え方が昔と変わってきたことが大きく影響していると言える。また、少子高齢化や核家族化といった現象により、シニア世代が孫である10代の留学をバックアップするというのも、現代ならではの傾向だろう。現代の留学は語学を学ぶだけでなく、自主性や積極性を身に付けたり、不登校や引きこもりといった「社会に適合できない」10代を立ち直らせる手段としてなど、留学から得られるものは多様化しているようだ。