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安田の床が一番?プロ活躍組も増殖
踊る10代、「ダンス」人気の背景

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■「稼げない職業はイヤ。ダンスは趣味」と割り切る10代

渋谷区宮益坂にある「A to NO Records(エートゥーナンバーレコード)」を中心に、ダンスインストラクターとして週に20本のクラスを抱え、自らもダンサーとして活躍中の岩立力さんに話を聞いた。「渋谷や池袋のダンススクールでは受講生の8割が10代で、10代が多いスクールほどスタジオ施設が充実し、クラスにも活気がある傾向にある」。他の年代に比べて10代は友達の影響でダンスを始める子が多く、クチコミや紹介によってスクールの受講生が増えるという構造だ。なぜ今、10代にダンスが人気なのだろうか。「音楽やファッションと同様に、ダンスの情報が溢れている今、ティーンはカルチャーとしてのダンスに興味を持つというよりも、『カッコイイから』『モテたいから』といった一種のファッション感覚で興味を示すようだ」と岩立さんは見る。女子の場合は「安室奈美恵さんに憧れて」など、ダンスに興味を持つきっかけがアーティストの影響であることも多いそうだが、男子の場合は照れもあるのか、憧れのアーティスト名が出てくることはほとんどないのが特徴だそうだ。

10年ほど前にも、若者の間でダンスブームが起こった。「ダンス甲子園」というテレビ番組が放送され、ダンスチーム「ZOO(ズー)」がメディアに登場した頃のことだ。しかし、当時中学生だった岩立さんの周囲には、ダンスを始める子は少なかったという。「昔はダンスを始める手段が身近になく、アーティストのビデオなどを何度も見て、自己流で習得したもの。今はクラブでも10代をターゲットにした昼間のイベントを多く開催しており、10代がダンスに触れる機会は以前に比べて格段に増えた」と岩立さん。ティーンを対象としたクラブイベントでも、ショータイムに出演するダンサーやスタッフの関係者のなかには、酒やタバコを楽しみながらDJタイムを満喫する二十歳以上の世代もいる。そうした年上の人々を見て、クラブシーンへの憧れを抱いたティーンがダンスを始めるケースも少なくないという。

ダンススクールに通う10代の中には、親の勧めで受講し、キッズの頃からダンスを始めたというケースもある。一方、自分で興味を持ち、自発的にダンスを始めた10代の場合は、バイトをして少ない小遣いの中からやりくりしつつ、スクールに通うという一生懸命な子も多いそうだ。そうした10代は「ダンスを将来の仕事にしたい」という真剣な考えを持っているのかというと、岩立さんは「意外にも、10代は趣味でやっている子が多く、20代の子のほうが切羽詰った感じで『プロになりたいんです!』という人が多い」とのこと。もちろん、本気でダンスに取り組んでいる10代も中にはいるが、才能があり、ダンスが上手な10代でも、一方で受験勉強は怠っていなかったりするそうだ。ダンサーへの道をほのめかしても「親が許してくれなさそうだし」と、意外にも冷めた答えが返ってくることも多いと岩立さんは言う。

実際、ダンサーとして生計を立てるのは難しい。しかし、実際にはダンサーの活躍する場も増えており、クラスを持てれば十分生活をしていける分は稼げるそうだ。岩立さんは「ダンサーになることが難しいから諦める、というのではなく、ダンサーになっても稼げないだろう、生活が苦しいんじゃないか、という思い込みが10代にはあるようだ」と推察する。今の10代は意外にも堅実で、無謀な夢は見ないということなのだろうか。

A to No Records(エートゥーナンバーレコード) 岩立力 オフィシャルホームページ
A to NO Records(エートゥーナンバーレコード)

■「プロなんて無理」と言いながらも、練習に励む10代の胸の内

実際、街中でダンスの練習をしている10代に話を聞いてみた。練習する場所として人気のスポットは、渋谷区桜ケ丘にある複合施設「インフォスタワー(=インフォス)」、新宿の「損保ジャパン本社ビル(=安田)」、千駄ケ谷の「東京体育館」など。共通しているのは、ガラスの壁面に踊っている姿が映せることと、音楽をかけても苦情がこないこと。ちなみに「インフォス」で踊ってもいいのは、ビルの周囲でも通りに面した一辺だけで、その他の場所で踊ると警備員から注意を受けるらしい。一方、「安田」の場合はビルの全周囲を使えるため集まる人数は多いが、大手企業が入居するビルのため夜間しか使えないという制約もある。ブレイクダンスなど、フロアを使ってアクロバティックなダンスをする子たちの間では「安田の床が一番いい」と言われているそうだ。

ダンスを始めたきっかけについて聞いた。女子の場合は「黒人が好きだから。あと、ジャネット・ジャクソンの影響も受けた」(リエちゃん・19歳)、「ダンスのビデオを見てカッコイイと思ったから」(アミちゃん・19歳)という意見が多かった。一方、男子の場合は「学校で友達の真似をして踊っていたら『そんなのダンスじゃねぇ』とバカにされて悔しかったから」と言うのはブレイクダンスを練習していたユウくん(16歳)。他にも「学校で先輩に半強制的にやらされたのがきっかけ」というシンくん(19歳)など、確かに友達や先輩の影響が大きいようだ。中には「小4で芸能活動を始めたからその延長で」というマサキくん(16歳)や、「幼稚園のときからモデルをしていて、バレエ、ジャズ、ヒップホップをやってきた」というマリオちゃん(17歳)、「4歳のときからローラーダンスをやり始め、芸能活動をしながらバレエ、タップ、ジャズ、ヒップホップとあらゆるダンスをやってきた」というヒカルくん(16歳)など、幼い頃から芸能活動がらみでバレエやジャスダンスのレッスンを受け、現在はストリートダンスをしているというケースも多かった。

ほとんどが学校やダンススクールで知り合った友人2~7人ほどのチームで練習していて、1人で練習している子はまず見かけない。週に3~4回、1回に3~4時間練習するのが平均的な頻度のようだ。なぜ、ストリートでダンスの練習をする理由については、すべてのティーンが「お金が掛からないから」と答えた。中には「屋外は開放的だし、時間が限られない。自由な感じが楽しい」(マリオちゃん・17歳)、「うまい人を見て刺激を受けるから」(ユウくん・16歳)といった意見もあった。しかし、人気スポットの場合は場所取りが大変で、ガラスの壁面沿いが埋まっているときは後ろに控えていて、空くのを待ちながら練習する。隣のチームが大きな音で曲をかけていると、自分達の曲が聞こえない、などというやりにくさもある。しかし、意外にもいざこざは起こらないようで、それぞれに気を遣いながら、暗黙のルールを守って練習に励んでいるという。「中には遊びに来ているような子もいるけど、大体は真剣に、ダンスの練習をしにきてるんだから・・・」と19歳のアミちゃんは言う。

もちろん、学校を卒業したらダンスで生計を立てたい、と考えているティーンもいる。現在はノーギャラでクラブイベントに出演しつつ、いつかはギャラをもらえるゲストダンサーとして呼ばれるのが夢・・・という話が多かった。しかし、友達にバカにされたのがきっかけで1年前からブレイクダンスを始めたというユウくん(16歳)は「ダンスは趣味」と言い切る。「大会に出て賞を取ることを目標にはしているが、職業にしたいとは思わない」と言う。スクールに通うなど、お金をかけてまでダンスをしたいとは思わないそうだ。「ダンスをしていると、学校では目立つ。友達といて場が盛り上がったときなどには『踊れ!』と強制させられるけど、うまくキメてみせたときは、やってて良かったと思う」と話していた。高校生の場合は、文化祭や体育祭などで友達から教えてくれと頼まれることもあり、ダンスができることで周りから頼られることも多いようだ。しかし、現在大学生だというシンくん(19歳)は「ブレイクダンスでプロになれるのは、ほんの一握りの人だけ。楽しいからやるだけで、若いうちだからできること」と、冷静に捉えていた。

しかし、そうした言葉とは裏腹に、10代が真剣にダンスの練習に取り組む姿を見ていると、どうも本心ではないような気もしてくる。プロになりたいという子でも、「できれば」という言葉を頭につけたり、「なりたいとは思うけど」と言葉の終わりを濁したりするのは、やはり不安や迷いがあるからなのだろうか。

「インフォス」 「インフォス」 「安田」

■ダンス環境に恵まれた10代―今後、活躍の可能性は大

昨年夏、JSDA(日本ストリートダンス協会)が主催するツアー型ダンスコンテスト「D-1 オールジャパンストリートダンスコンテスト」が行なわれた。JSDAとは「エイベックス アーティスト アカデミー」が推進する任意団体。同コンテストは賞金総額300万円、優秀チームはエイベックス・グループを始めとするメジャー企業のプロ活動支援が受けられるという大規模なコンテストで、今年も秋に開催を予定している。JSDA事務局の梅林さんは、昨年のコンテストについて「全国からの応募数は計751チームで、そのうち9割がティーンエイジャーだった」という。ダンス人口はかなり低年齢化しており、一般部門でグランプリを受賞したのはブレイクダンサーの2人組「Cool Crew.Jr(クールクルージュニア)」という13歳の男の子だった。

同コンテストの審査員経験者によると、低年齢化の傾向によりダンス人口全体が増え、その分レベルも上がってきているという。梅林さんは「10代とはいえ決してお遊戯レベルではなく、自分のダンススタイルをしっかりわかっていて、それがどんな背景を持つカルチャーで、どんな有名なダンサーがいるかといった情報にも通じている子が多い」と言う。現在、30代の大御所ダンサーなどは、ダンスを始めた当初、情報もなければダンススタジオ自体が少なかったというが、今の10代は環境が違う。小学生などのキッズ時代からダンスを始められる環境が整っていて、技術だけでなく情報も多い。ダンス業界における10代の活躍の可能性について梅林さんは「現在でもすでに10代のダンスインストラクターや、ステージのバックダンサーを務める10代も少なくない。昔と比べるとダンサーが活躍する場は確実に増えた」と言う。エグザイル、ダパンプ、BOAなど、最近売れている音楽にはダンスナンバーが多く、一見ダンスのイメージがない浜崎あゆみでも、ツアーには常に15人ほどのダンサーを使っているそうだ。「バックステージのダンサーは、若ければ若いほど客受けもいいようだし、ダンス界の第一線で活躍する10代は今後ますます増えていくだろう」と梅林さんは見ている。

avex artist academy(エイベックス アーティスト アカデミー)

夜間、ガラスの壁面を前にラジカセ持参でダンスをしている10代は、意外にも真剣に取り組んでいるようだ。ダンスを始めるきっかけは些細なことでも、やっているうちに周りとの競争心や、向上心が芽生え、技術を磨いたり知識を身に付けたりと貪欲な姿勢に変化していく。将来プロを目指すティーンズも、趣味と割り切るティーンズも、一緒になって夢中になれるもの-それがダンス。音楽やファッションともリンクしたダンス熱は、しばらく冷めそうにない。

D-1 オールジャパンストリートダンスコンテスト
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