都内に「クイックマッサージ」という業態が登場したのは1995年と言われている。同年、都内の鍼灸院院長がJR新橋駅近くに「15分マッサージ」を掲げる「コリとれーる」を開店、1996年にはグローバルスポーツ医学研究所が「てもみん東京駅店」(千代田区)を開設。両店とも駅に隣接するオフィス街に店舗を構えたことから、お昼休みや帰宅途中に短時間に気軽に指圧や按摩を受けられるとあって人気を集め、業界の草分けとなる。すぐさま「クイックマッサージ」は男性週刊誌などマスコミに取り上げられ、一気にサラリーマンに認知され、またたくまに全国へ広まっていく。
現在、従業員550名、全国70店舗の「てもみん」を展開する、業界最大手のグローバルスポーツ医学研究所は、スポーツシーンでアスリートのコンディショニングパフォーマンスを高める研究を続け、実践の中で“リンパ系マッサージ”と呼ばれる手法を開発した。同社統括本部部長の富山(とみやま)さんは「技術スタッフがリンパ系マッサージの技術の統一を実行できるようになれば、スポーツ選手にほどこしているのと同じ技術を一般の方に提供できるし、短時間のマッサージ、店舗展開も可能と考えた」と、業態開発と多店舗店化の経緯を説明する。1996年に1号店を開いて以降、赤坂、代々木、新宿、四谷、銀座などオフィス街に出店し、1999年4月に「てもみん渋谷公園通店」(神南)を開店。富山さんは「渋谷公園通り店を開店した当時は、まだ周囲にマッサージ店はなかった。どこの街でも『てもみん』出店以降に周囲にマッサージ店が集まってくる」と話す。公園通りには、『てもみん』出店以降、現在5店舗ものマッサージ店が進出している。
「てもみん」では、短時間に行えるマッサージを「タイムマッサージ」と銘打ち、10分=1,000円、20分=2,000円のプライスを設定。「10分、20分という時間で提供できるマッサージは、実はマッサージ後しばらくの間、楽になったと感じる程度のもので、あくまでも“お試し”です」と、富山さんは説明する。同社はもともと障害を抱えている人に向けてマッサージをスタートしたが、途中からリラクゼーション目的に来店する人が増えたことで、本格的に各ジャンルの専門業態化、店舗化が始まる。リラクゼーションを求める人に気軽にできるタイムマッサージを提供する「てもみん」、治療目的の「グローバルスポーツ」をはじめ、ボール運動などソフトなトレーニングを提案する「Fine FIX」、膝から下のフットケアを専門に行う「JUST FOOT」、リンパ系マッサージをほどこすエステティックサロン「手のひら美顔」、グローバル鍼灸院「Somon」など、ニーズに合った業態開発を手掛けている。
昨今のマッサージ店の乱立について、富山さんは「今はリラクゼーションとしてのサロンが受け入れられている。その最たる街が渋谷である。“癒し”を求める若い女性をターゲットとした、異国風サロンや高級感を演出したサロンが集まり、激戦区となった」と分析する。さらに「確かに業界はいま、治療目的の施設とリラクゼーション目的のマッサージサロンの二極化傾向にあるが、業界自体がすでに飽和状態。やがて質の低下が起ってくる。当社では『てもみん』はあくまでも大きな窓口。これだけを追求していたら終わってしまう。このままでは生き残っていけないと考えている」と、現状を厳しく捉えている。大阪では1時間500円のクイックマッサージが登場し、急速にマッサージの質の低下が進んでいるという。店舗の固定費で最も大きなものは人件費。乱立化によるディスカウント競争によって、人件費が削られるなど弊害が発生し、そこから技術スタッフの質が下がり、やがて業界自体が低迷していく、と富山さんはにらみ、同社では業界最大手としてすでに次の手を計画している。コンセプトは「健康と美の総合リラクゼーション施設」。すべての業態を網羅し、さらにジャグジー施設などを設けるというものだそうだ。
グローバルスポーツ医学研究所人間の身体を治す治療家には、医者、柔道整復師、鍼灸師、按摩・指圧・マッサージ師、整体師、カイロプラクター、均整術師、オステオパシーなど、多くのジャンルがあるが、医者はもちろんのこと、柔道整復師、鍼灸師、按摩・指圧・マッサージ師になるにも3年制の専門学校を卒業し、「按摩、マッサージ、指圧師の国家資格を取得しなければならない。一方、整体やカイロプラクティック、均整法などは無資格でも営業できる。これは厚生労働省が認可していないだけで、開業することに問題はない。
2001年度、渋谷区保健所への施術所の届出件数は、鍼灸、按摩・指圧・マッサージ394件(前年度より17件アップ)、柔道整復師65件(前年度より5件アップ)、医業類似行為4件(前年度と同数)、出張施術業務321件(前年度より2件ダウン)。保健所によれば「従事者は届出時に施術者全員の免許証を持参しなければならない」という。しかし、渋谷区でマッサージ店の増加数が対前年比17店増という数字は恐らく実態を現していない。
渋谷区で店舗を運営するあるオーナーによると「実は届出件数394件の、3倍ものマッサージ店が渋谷にしひめきあっている」と言う。問い合わせたところ、渋谷区保健所からは「これは法律に基づいた届出件数で、無許可で営業している店の件数はわからない」との返答。渋谷区では毎月数件のマッサージサロンが開業しているが、有資格者がいなくても法務局に個人事業の開業届を提出すればサロンを持つことができるので、保健所は件数を把握できないのが現状。
前出のグローバルスポーツ研究所の富山さんは「それだけ法的整備が遅れているのがマッサージの業界。何を見てどのマッサージ店に行けばいいのかという情報を、法的なものにのっとって集めてみても意味がない。厚生労働省認可のライセンスにしても、果たしてすべてに必要なのかという疑問もある。当社の店舗の中には、厚生労働省が定めた基準に合わないとして、保健所に届出を受理してもらえない店舗がある。今はリラクゼーションを目的としたサロンの場合、ライセンスは必要ではないと考えている」と話す。 また、外看板、入口の屋外内広告の禁止事項として、「施術者の流派、技能、経歴、適応症、整体、カイロプラクティック、医療行為、病院、診療所など記してはいけない、医師または診療科目に紛らわしい名称などをもちいてはいけない」とあるため、現在、街で見かける「○○式」や「短時間でスッキリ」や「肩凝り・腰痛を解消」といったマッサージ店の看板・広告はほとんどが違法ということになる。しかし、これらの禁止事項も暗黙のうちに自由化されている感がある。
渋谷にサロンを構えるあるマッサージ店のオーナーは匿名を希望に現状を語る。「届出を出したら出したで、保健所の締め付けが厳しくなり、自由な営業ができなくなる。看板や店名、広告表現にしても違法と合法の認可は曖昧。最近では競合同士の足の引っ張り合いが激しく、競合店から保健所に当店の店名を出して『あそこの店名は違法だ』『あそこの広告は違法だ』というタレコミが入るケースも少なくない。これは明らかに営業妨害だが、実は激戦区では日常茶飯事の出来事。資格の有無より、これらのほうが大きな問題だ」と話す。
2001年9月、マッサージ激戦区・恵比寿に開店した「Dr.コリとる」は、インテリアに竹製のカーペットやアジアンテイストの照明や布をあしらうなど、アジアンリゾートを模した空間が特徴。プロデュースを手がけた代表の田中さんは「激戦区に出店したほうが差別化を図りやすい」として敢えて恵比寿を選んだ。同店のある恵比寿周辺には約20ものマッサージ店がひしめきあっている。田中さんは以前、クラブディスコ「麻布十番 MISSION」を開業し、同じく麻布十番の「ビブロス・カフェ」の代表とプロデュースを務めた経験を生かし、「他のマッサージ店とは異なる、顧客の視点に立った新しい形のリラクゼーション・ボディケア・ショップを目指している」と語る。
田中さんは経営の重要ポイントとして“技術スタッフの充実”を挙げつつも「マッサージが上手なのは当たり前。客にどれだけ付加価値、満足感を与えられるか。すべて客の視点で考えることが重要」と、顧客満足度の重要性を説く。さらに「病院チックなインテリアは、もはや20世紀のもの。ターゲットは女性なので女性が通いやすい空間、圧迫感が解きほぐされるリラックス感を演出しなければならない。従来のマッサージ店では、施設と来店者は患者と先生という関係だったが、店に来る人は患者でなくお客様。マッサージはサービス業と考えている」と、あくまでもスタンスはサービス業である。
同店は後発なので、開業にあたって、他店のスキルを持った技術スタッフをヘッドハンティングし、優秀なスタッフを揃えたという。「優秀な技術スタッフを多く抱えると人件費がアップするが、当店から“スター”が生まれれば嬉しい。そうするとまたヘッドハンティングされる立場となるが、それはやむを得ない。通常のマッサージ店なら、設備投資した分の回収は1年~1年半だが、当店は1年で回収する計画」という。プロデューサーとしてブランド戦略の重要性を説きながら、「整体師も鍼灸師もいて、それぞれの居場所を設けてあげたい」と、適材適所を把握して人材のマッチングも想定している。田中さんは「マッサージ業界にも、やがて低価格競争が起る。エリアの3番手、4番手は苦しい経営となる。当店は客とともに変化していく店、オンリー・ワンを目指したい」と抱負を語る。
Dr.コリとる TEL03-3770-8779青山、渋谷、原宿のそれぞれの街に「青山指圧ROOM」(南青山)、「渋谷指圧ROOM」(桜丘)、「原宿指圧ROOM」(神宮前)を経営する堀場さんは、「すでにマッサージ業界に革新的なものは出てこない。2010年まで日本経済は回復しないと見ているので、今は明確なプランを持たないと勝ち残れない時代だ。治療にしてもリラクゼーションにしても、もはや目の肥えた客のほうが多くの情報を持っている。サロンの雰囲気づくりは重要だが、○○式といった手法やインテリアなどは何の差別化にもならない」と言い切る。堀場さんは“満足”というテーマについては顧客がすべて決定権を持っていると前置きし、「治療を求める方には満足のいく治療を、リラクゼーションを求める方には満足のいくリラクゼーションを提供する。治療に関して専門的な知識を持っているのは当然で、本質は客が求めているものをいかに提供できるかにある。私はこれを“客をつかむ”という感覚で表現している。だから、差別化といっても、ごく当たり前のことをするまで。でも、多くの店が基本を成し得ていないので、店ばかり多くて中身がおそまつという状況だ」と、サービス業の観点で顧客の満足をつくりだすことが重要と強調しながら、業界の現状に危機感を募らせる。
堀場さんは採用や育成にも独自の方針で臨んでいる。「最近、趣味と仕事の区別ができない人が増えている。私は資格や経験とはまったく気にせず、一般的な感覚を持った人、やる気のある人を採用する。この業界には、手に職をつけたらいいというだけの、志のない人間が多く来るので、じっくり見分けなければいけない。私は採用時に本人に文章を書かせて、構成力や論理的思考を分析し、仕事に向き合う意志を判断する」と言う。同店の給与体系も「顧客リピーター率」やスタッフの「指名率」などのチェック事項を設け、インセンティブ制度を採用している。
「すでに“癒し系”は過渡期を迎えている。2~3年したら淘汰される。ただでさえ閉鎖的な業界なのに、現在、ただ流行っているからといって開業する人や、リストラされて手に職をつけなくちゃいけないからマッサージを学ぶという人が増えているので、さらに混迷してくる。マッサージが流行っているから、という理由だけで出店が加速したこと自体、まったく本質からずれてきている証拠」と、警鐘を鳴らす。最後に「大切なのは、顧客が満足を感じるサービスを提供できるかということ。その対価として料金があるのだから」と締めくくる。
青山・渋谷・原宿指圧ROOM大型倒産やリストラなど、複合的な閉塞感が蔓延する今日、現代人は金を払って緊張を解きほぐす“時間”に対価を支払っている。人をリラックスさせるビジネスは、時代に沿って姿を変えて生き残ってきた。“癒し系”という名でくくられるビジネスマーケットは近年肥大し、マッサージ・ビジネスにまでその影響を与えている。店舗が乱立するマッサージ・ビジネス業界は今、分岐点を迎えている。治療に重きを置いた“治療施設”と、リラクゼーションを目的とする“癒し系スポット”の二極化である。さらにそれらが細分化、多極化しているのと同時に、一方では「ボディケア」「リラクゼーション」「ビューティ」「ヘルス」という要素を組み合わせた“複合化”“総合化”への方向も模索が続く。
本来、マッサージ・ビジネスが技術とホスピタリティの提供を基本とする“サービス業”であることを踏まえると、流行に追随する形で店舗が乱立する今をピークに、今後は「顧客満足」の視点から何らかの淘汰が進むものと考えられる。デフレ対応マッサージ店、ファッション優先の“癒し系スポット”が進出し、技術スタッフの質の低下やサービスの低下を招き、業界自体が消費者からそっぽを向かれる可能性をはらんでいることもまた事実。一方で、行政の対応が遅れていることも背景に、さらに異業種からの参入が増え、“ボディケア”“美容”“健康”“リラクゼーション”といったジャンルの境界線がますます曖昧になってくることも予想される。デフレ不況下、サービス業に対する顧客の選別がさらに厳しさを増す中、マッサージ・ビジネスの行方に注目したい。