日本観光振興会(JNTO =Japan National Tourist Organization)は、2001年12月1日から2002年1月30日まで、韓国、香港および中国本土(北京、上海、広東省)で、テレビCMによる日本観光プロモーションを実施している。JNTOのアジアでのCM放映は昨年3月に続いて2回目。
2001年12月、韓国のテレビでオンエアされたCMは、韓国出身のアイドル女性グループS.E.S.が渋谷や原宿の人気スポットに登場し「日本へ行こうよ」と呼びかけるもの。撮影場所は、渋谷駅前交差点、スペイン坂、タワーレコード渋谷店、J-POP CAFE、表参道、竹下通り、ラフォーレ原宿などの人気スポットが中心。韓国に向けた日本の観光プロモーションに渋谷・原宿が選ばれた理由についてJNTO企画調査課課長の上村さんは「今回は韓国の若者をターゲットとしたCMだったので、日本で一番ホットな場所として渋谷・原宿を撮影場所に選んだ」と話す。
香港、中国で放送されるCMでは、「エンターテインメントの国、日本」を基本コンセプトに、アジアの若者に人気の女優、常盤貴子が日本の楽しさを伝えるナビゲーターとして登場、「日本へおいでよ」と日本語で視聴者に呼びかけている。常盤貴子は香港映画「もういちど逢いたくて-星月童話-」(1999年)でアジアの大スター、レスリー・チャンと共演、アジア各国での公開され広く知られていることや、2000年に台湾、香港でもオンエアされたテレビドラマ「美麗人生」(ビューティフルライフ)の大ヒットなどを通じた高い人気を背景に選ばれた。
今年5月に開催されるW杯大会に合わせて、東京~ソウル間を結ぶ航空便が大幅に増便されることが発表されている。現在、週に95便の仁川-成田間の航空便が154便(予定)に増便。また、仁川空港に国際線を譲り、現在では国内線のみが運航される金浦空港と羽田空港間のシャトル便が開設される見込みだ。さらに韓国最大の都市、ソウル市では「東大門(トンデムン)市場」一帯の13万3,800坪が、観光特区に指定されるという。これは東大門一帯を韓国観光ショッピングの名所にするための措置で、3月には英語・日本語・中国語の「東大門ショッピングモール名所ガイド」を制作・配布する。韓国では、W杯の開催を機に、着々と日本人観光客誘致の準備を進めている。
JNTOの調査によれば、韓国では日本のキャラクター商品が子供はもちろん、大学生や20代の若者にまで深く浸透し、市場が拡大している。ハローキティ、ドラえもん、ポケモンなど定番人気キャラクターに加え、近年では特に「たれぱんだ」や「こげぱん」、「ぶるぶるどっく」など、癒し系“無表情キャラクター”の人気が高い。JNTOの上村さんは「韓国では、“かっこいい”“きれい”がオシャレの基本だったが、徐々に“かわいい”もキーワードのひとつに加わってきた」と分析する。特筆すべきは、商品の表面にキャラクター名もふくめ日本語表記が記されている点。裏面の品質表示事項にはハングル文字が記してあり、韓国のメーカーが製造した韓国製であることがわかるが、一見“日本製”のように見せているのがポイント。日本のキャラクターは高い商品価値を持ってしっかりと韓国市場に根を下ろしている。
最近、日本のテレビ番組が韓国の20代女性に行った「知っている日本人」アンケートでは、安室奈美恵、X-JAPAN、中田英寿、木村拓哉、宇多田ヒカル、滝沢秀明、スピード、イチローなどの名前が挙がった。情報源はホームページと韓国でオンエアされるCM、日本の友達など。現在、韓国内では日本語の曲の販売は許可されていないが、2001年10月には、韓日ワールドカップ(W杯)記念共同アルバム「プロジェクト2002」が発売された。日本からはTUBE、小柳ゆき、ポルノグラフィティ、パフィー、DEENの5組が参加し、日本語で歌っている。韓国政府は同アルバムがW杯関連商品であることから例外として発売を許可した。ワールドカップが日韓を接近させる重要なファクターとなっていることがわかる。
韓国観光公社東京支社に勤務しながら日本語を学んでいる金観美(キム・カンミ)さんは、昨年10月に東京支社に赴任したばかりの女性スタッフ。「最初に日本製のアニメで日本語に接した。アニメや日本のキャラクターの人気は定着している。日本に来る前から渋谷と原宿のことは知っていた。奇抜なファッションの若者がいる原宿のイメージは強烈だった」と、金さんは日本語で話してくれた。金さんによると、インターネットの利用率が日本より高い韓国では、いち早く日本語を韓国語に翻訳して紹介するサイトが登場し、韓国と日本の情報の格差はほとんどないという。「原宿のコスプレや若者の茶髪、金髪のヘアの写真は、韓国にも少なからず影響を与えている。韓国の若者も発散したいという気持ちや目立ちたいという思いは同じ」と、金さんは話す。
上海・台湾と大きく異なる点は、韓国では日本のテレビドラマや日系の雑誌を見る機会がないこと。金さんは「韓国では若い女性向けのファッション誌自体が少ないので、オシャレに敏感な女の子はどこかで入手した日本語の『non-no』を読んでいた。日本語は読めなくても写真を見ればファッションのことはわかるので、とても人気があった。一時期、『non-no』のページを包装紙として使うのが流行った」と話す。韓国のファッション業界は、日本製の洋服をコピーしながら、徐々にオリジナルを作るようになってきているが、ファッション情報の発信地としての「渋谷」はあまり認知されていない。やはり、ハングル語で日本のファッション事情を伝えるメディアが少ないことが背景にあるのだろうか。金さんは最後に「渋谷などで見かける女子高生のミニスカートには驚いた。韓国はスカートよりパンツをはく女性が多い。学校のユニフォームでミニスカートというのは、韓国では考えられない」と笑う。
韓国観光公社(日本語サイト)香港映画を中心とする中国語圏の映画を日本で配給してきたプレノン・アッシュ(南青山)は1989年、「香港ニューシネマフェス89」を開催し、同年、香港映画専門ニュースレター「香港電影通信」を創刊した。当初400名からスタートした定期購読者のネットワークは現在「飲茶倶楽部」として発展し、全国に18,000名の会員を擁するまでに成長。同社は香港が世界に誇るウォン・カーウァイ監督作品をいち早く日本で紹介してきたことでも知られる。1995年公開「恋する惑星」(出演/金城武、トニー・レオン)、1996年公開「天使の涙」(出演/レオン・ライ、ミッシェル・リー)などは、アジアン・カルチャーを意識しはじめた渋谷の若者に支持され、渋谷の単館系映画館では高い興行成績を収めた。
さらに同社はでは、輸入CDやビデオ、雑誌など香港発のエンターテインメントを集めたショップ「シネシティ/シネシティ香港」(南青山)を運営している。同店では、香港で発売されている映画専門誌をはじめ香港の芸能誌、香港版「エスクァイア」など豊富に揃っており、香港カルチャーの窓口となっている。広報の八幡さんは、日本と香港では、両国のエンターテインメントの受け容れ方に差がある点をこう指摘する。「日本人が香港のエンターテインメントとして興味を持ったのは映画。日本の香港映画ファンは根強く、キャリアのある追っかけも多い。反対に香港人が日本のエンターテインメントとして興味を持ったのが、テレビドラマとファッションとJ-POPだった」と話す。
ブレノン・アッシュ シネシティ映画に代表される香港のエンターテインメントは、日本と深いつながりを見せている。2000年に製作された香港映画「東京攻略」は大掛かりな日本ロケを行った。同作では香港映画界の大スター、トニー・レオン、イーキン・チェン、ケリー・チャンに加え、日本から仲村トオル、阿部寛、遠藤久美子らが出演。最新作「冷静と情熱のあいだ」出演でさらに日本での人気を不動にしたケリー・チャンが、渋谷109で度々ショッピングをしていることは、日本のファンの間ではすでに有名。また、イーキンは原宿「キティランド」がお気に入りというコアな情報まで浸透している。
香港在住の日本人によると「テレビからは日本語そのままに中国語の字幕を出しただけのCMが流れ、ラジオでもわざと会話のはしばしに日本語をはさむ言い回しが耳につく」といった現象が起きている。メディアが絶えまなく日本のイメージを演出している。香港人をぐっと日本に近づけたのは、香港で放送された「東京ラブストーリー」「ラブ・ジェネレーション」「ロングバケーション」などのトレンディドラマ。ケーブルテレビの番組が少ない香港では、テレビ放映以前にVCD(ビデオ・コンパクト・ディスク)という形でソフトが爆発的にヒットし、出演する俳優たちの人気にも影響を与えた。2000年、2001年は「ジャニーズ系」を含め、過去最多の日本の芸能人が香港を訪れた。ぐっと身近になった日本のアイドルを熱狂的な状態で出迎えるのは、日本風の名前を名乗り、日本製品で身を固める“等身大”の若者たち。中でも、最近は反町隆史のライブや、B’Z、ドラゴン・アッシュのライブが開かれるなど、J-POPの進出が凄まじい。
一時期香港では、日本語の文字がかかれたTシャツが大流行した。1998年に香港を旅行した日本人によると、当地「渋谷愛情」という漫画雑誌が売られていたそうだ。現在、香港には「日本城」という、日本の製品(100円ショップで扱う商品)ばかりのお店が目立つ。香港の書店では、広東語の「JJ」「non-no」「Ray」「Cancan」が発売され、人気が高い。最近では「Men’s non-no」も売られている。価格は日本の約2倍近くするが、街角のスタンドでも発売するなど、日常生活に溶け込んでおり、日本の雑誌専門店もある。
香港で発売されているエンターテインメント情報誌「COLOR(カラー)」(発行/利源書報社、定価HK$26)12月号では、香港スターと同じ扱いで深田恭子や河村隆一、モーニング娘。浜崎あゆみなどが誌面を飾る一方、「代官山潮流」と題したページで、代官山ファッションとショップの情報が紹介されている。1998年に香港でリリースされた香港在住の中堅シンガー、レオ・クーのアルバム「Be my valentine」には、なんと“東急東横線代官山駅→110円”区間の「切符」が“プレミアム”として添付されている。CDジャケットは東横線車内で夕陽を浴びてうたた寝するレオ・クーの写真、ジャケットの裏面には日本語で書かれたメモが貼り付けられたデザインになっている。
実際、香港の若者の目に「渋谷」はどのように映っているのだろうか。香港・北京・大連に在住する日本人向け生活情報誌「コンシェルジュ」の各都市版を発行する大西さんに、香港在住の若者(20代前半の男女)にヒアリングしてもらった結果、以下のようなデータとコメントが集まった。 大西さんはリクルート勤務後、独立。現在、グループ企業3社(北京、大連、香港)のC.E.Oを務めている。1995年、大連で会社を設立し、生活情報誌「大連ウォーカー」を創刊。(同誌は「D.Nave」と改名後、「コンシェルジュ大連」へと発展)。1998年「Be.Nave」(後に「コンシェルジュ北京」)創刊。2001年には「コンシェルジュ香港」を創刊する。中国の各都市で暮らす日本人を日本語でナビゲートしてくれる各誌は貴重な媒体になっている。また、同社が運営するWEB「ちゃいなび」は、これから駐在予定の日本人に現地の様子を知らせてくれる情報が紹介されている。
ちゃいなび以上を踏まえて大西さんは「香港の若者は、渋谷発信の情報があふれていると特に意識はしていないが、そんなことはお構いなく、日本の新しいファッションをドンドン取り入れている」と話す。さらに香港と北京・台湾の違いを以下のように分析する。
“そのまんま”のファッションがいない香港で以前「ガングロ・茶パツ・ルーズソックス・ミニ制服の4人組の高校生が歩いているのを目撃し、異様な姿が人目を引いていた。アイシャドーも明るいブルーで、日本のシブヤ系高校生そのままだった」と、大西さんは苦笑する。それでも、街には日本のファッション誌がたくさん出回り、日本人スタイリストのいる美容院が2~10倍の値段であっても大繁盛しており、週末の夜ともなると夜景で有名なチムサーチョイのウォーターフロント・プロムナードには、渋谷系ファッションで全身固めた高校生の男の子たちが、スケボーをしに集まる。香港の若者がカッコいいものをセレクトした結果、渋谷系ファッションにたどりついているとも言えそうだ。
日本文化がキャラクターに形を変えて浸透した韓国と、欧米文化と並行して日本文化を消化してきた香港の状況は、大きく異なる。日韓はW杯の開催で急速に接近しつつある一方、香港は日本のファッションやテレビドラマ、J-POPなど、いわゆる“いいとこどり”で独自の“香港スタイル”を築いてきた。しかし、香港にも台湾と同じく「韓流」と呼ばれる“韓国ブーム”が押し寄せている。香港の映画館では韓国映画が拡大ロードショーされ、80年代から約20年間、流行歌のカバーバージョンと言えば日本の曲が圧倒的多数を占めていた香港音楽シーンにも韓国ポップスの波が押し寄せている。最近では、日本やイギリスのポップスを紹介してきたFM局が韓国ポップスを多く紹介している。また「日本製より安い」韓国カジュアルウェアが不況に苦しむ香港の一部の若者には歓迎されている。これまで歩み寄ることのなかった香港・台湾と韓国の接近は興味深い。
アジアの主要各都市での渋谷に対するイメージにはかなり差が見受けられる。中国本土の中でも最も文化的開放の進む上海や台湾では、日本のファッション雑誌の影響を通じて最新の渋谷スタイルが“そのまま”の形で受け容れられている。一方、メディアで日本文化の露出が制約を受けファッション情報誌が少ない韓国では、渋谷に対する特定のイメージはそれほど高くなく、国際都市・香港では、認知度はありながらも、特に渋谷を意識したファッションを取り入れてはいない。さらに、香港・台湾では「韓流」ブームが高まっており、アジアにおける日本カルチャー人気への影響も少なくない。渋谷は今後、国内同様にアジアの中で“情報発信基地”としてのポジションを確固たるものにすることができるのだろうか?今回のレポートでは、ファッション以外で様々なカルチャーの情報発信拠点となっている渋谷の姿は、周辺各国ではあまり知られていないことも浮き彫りになった。アジアにおける今後の渋谷の課題かもしれない。