土曜・日曜ともなると、地方からの“巡礼組”も含めて若者で賑わう代官山。以前から移動式クレープ店が路上で店を開いていたエリアだが、昨年から今春にかけて異変が起きている。旧山手通りを中心に“ネオ屋台”、“カフェ屋台”と呼ばれる一群が“代官山デビュー”を果たし、さながら“新世代移動ビジネスの見本市会場”となりつつある。渋谷はすでに多くの移動式屋台が“路上の指定席”を持っていることや規制が厳しいことなどがあり、新規参入は難しくなっているが、代官山はまだ開拓されていないエリアであった。
“ネオ屋台”や“カフェ屋台”という呼称は、従来の屋台と区別するためにメディアが命名した言葉だが、以下のような共通点がある。
この地に今や代官山名物となった「モトヤエクスプレス」が屋台風の移動式カフェを開店したのは1996年。“カフェブーム”が起る前である。昔からあった屋台という営業スタイルを現代風にアレンジし、今日では固定店のオープン、FC化の実現など、ビジネスモデルにまで発展した。「モトヤエクスプレス」が“カフェ屋台”の先駆者と評される由縁である。代官山駅前の駐車場の他に、直営2号店である「ナショナル麻布マーケット」、FC展開のひとつとして西郷山公園前にも出店。代官山に“移動ビジネス”が集まる理由のひとつに、先駆者が開拓したエリアであったことが挙げられる。
モトヤエクスプレス今年4月から旧山手通り、「VIA BUS STOP」前で土・日・祝に“チャイ屋台”を開いているのが「赤木商店」の赤木さん(28)。店舗は白いボディにレインボーカラーをあしらった軽ワンボックスカー。バックドアを開け、専用のカウンターをセットし、カウンターの下に目隠しとディスプレイを兼ねた布をあしらえばチャイ屋台の完成。イラストレーターの友人が制作した自立式の黒板を路上に置けば店開きとなる。もともと飲食店を営んでいた赤木さんは、イベントで屋台の出店を依頼されることが多く、「コストをかけずに自己表現と店舗運営ができる屋台はおもしろそうだ」と考え、専業で移動式カフェを始めたという。「おいしいものを安く提供するためには、経費をかけられない。安く提供し、客に喜んでもらうのが嬉しい」と話す。
“チャイ屋台”の総工費は、車体・改造費を合わせて約60万円。車は中古車で、改造は友人の手を借りて完成した。まさにローコスト店舗である。イニシャルコスト、ランニングコストとも低く抑えられるのが“移動式ビジネス”のメリット。しかし「天気に左右されることが多いので、日によって収入の差は激しい。晴天が続く夏場はいいが、梅雨の時期は不安」と語る。現在の場所は人通りが多いことと車を停車するスペースがあることで選んだ。「車の良さはどこへでも移動できること。今後はいろんな場所に出て行きたい。また、ゆくゆくは麺類の屋台もやってみたい」と抱負を語る。チャイ(ホット250円、アイス300円)、イチゴシェイク300円、バナナシェイク300円。
チャイ屋台「赤木商店」「赤木商店」と同じく、旧山手通り、「VIA BUS STOP」前で土・日・祝に開店しているのが、2000年8月に立ち上げた「トラベラーズカフェ朔(SAKU)」。アジアン・フーズと旅の情報を提供する移動販売車である。店名の「朔(SAKU)」とは新月の意味。平日は11時45分~13時頃まで都内のオフィス街でランチの販売を行い、土・日・祝のみ代官山でアジアンスイーツなど「おやつメニュー」を販売している。1週間の移動スケジュールと販売場所をサイトで告知するのが、同店の特徴のひとつ。また、旅のエピソードや新メニューなどを綴ったチラシを制作し、店頭で配布している。店長の半澤さん(33)はシステム開発会社を退職後、ユーラシア大陸横断の旅に出、旅先のツーリストカフェに立ち寄る度に「自分もこんな店を開いてみたい」と思うようになり、帰国後、バイトをして資金を貯め、コック長の増子さんともに開店にこぎつけた。車のサイドに跳ね上げ式窓とミニカウンターをしつらえ、バックドアは開いたままの状態で営業。バックにもカウンターを設けているほか、ボディに手書きのメニューを貼り付けるなど、ディスプレイも手作り。アジアンフードを販売する屋台がなかったことから注目を集める。
平日オフィス街で営む販売はリピーター狙い、土日はフリー客中心。代官山での営業は「見て面白そうだと思って、買ってもらえばいい」と、半澤さんは語る。車本体30万円。車の改造費50万。登録所費用を含めて、営業に乗り出すまでに100万円かかった。脱サラをして新たな仕事に挑んだ半澤さんは「家とオフィスの往復の生活から一変した」という。移動販売が専業で、収入は売上に関係なく一人13万円。半澤さんは「今のところ、固定の店を出店する計画はない」という。「人件費(13万円)を差し引いたら利益は残らないので、多店舗化は考えていない」。メニューは、チェーチュオイ(ベトナムのおやつ)300円、珍珠杏仁ミルク、スパイシーチャイ200円ほか。
トラベラーズカフェ朔(SAKU)フード業界の新潮流に“フードユニット”が挙げられる。料理に興味を持つ者同士がユニットを組んでオリジナル料理やお菓子を制作し、講師としてスクールで教えるほか、料理ライターや提携するショップで実際に発売するなど仕事の幅は広い。店舗や教室を所有していなくてもビジネスが成り立つことと、和・洋の料理ジャンルやお菓子など、得意とするジャンルが幅広いので、新店舗のメニュー構成をすべて任されるケースも増えている。
今年4月1日から恵比寿1丁目の焼肉店「壱蛮亭」の駐車場に停車し、月~金曜のお昼時に店を開いているのが、手作り無国籍料理の「SMILE(スマイル)」。料理やお菓子作りが好きな女性3人が始めた移動式屋台である。山崎さん(30)、上村(かみむら)さん(24)、池田さん(24)の3人は、製菓学校の同級生。最初に独立した山崎さんが、ケーキ教室を開き、2名に仕事の手伝いをしてもらったことがきっかけで「3人で何かできることがないだろうかと考えた」のが開業の発端。「固定の店を開くとなると、資金と場所が問題になる。手軽にできる仕事で、すぐに形にしたかったので、路上でクッキーを販売している男の子のことを思い出し、即、移動式の店を決意した」と山崎さん。開店までの準備期間はわずか2ヶ月。軽自動車は池田さんの実家から支給してもらった。車の改造費は約30万円。日替わりメニューは黒板に記され、「毎日来てくれる人に飽きられないようにメニューを工夫している」(池田さん)というだけあって、次々に新メニューが登場するのがポイント。いろんな色のチョークで綴る黒板メニューも女性らしい配慮に満ちている。
「常連さんが生まれることが嬉しい」(山崎さん)、「毎日買いに来てくれる方と少しずつ話をすると、相手のこともわかり、反応が見えることが楽しい」(池田さん)。売上はメンバー3名と「SMILE」で4分割。収入は普通のOLより少ないという。「毎日、新しいことを考えて形にし、すぐに反応が見える。お金じゃない価値を毎日見いだすことができている」(山崎さん)と、充実感にあふれている。焼肉店の駐車場を利用しているのは、「『移動しなさい』という警察の警告を受けながら、ドキドキしながら営業するのが嫌なので、駐車場を借りる形になった」。駐車場を提供してくれる焼肉店に月2万円の使用料を支払い、同店のビビンバ販売の窓口を担うなど、本来なら同じ飲食業としてとしてバッティングするところだが、新たなコラボレーションの形態を取っているのも興味深い。メニューはスマイル弁当600円、韓国風からあげ丼550円、タイ風レッドカレー550円など多数。お菓子の販売のほか、パーティーケータリングの受注、ウエディングケーキ、バースディーケーキの制作、お菓子教室の窓口にもなっている。
SMILE移動ビジネスを店舗の知名度アップや、直に反応を見るマーケティングの場として捉え、次のステップを目指しているグループも多い。起業でいえばアーリーステージにいる店舗が、ニュービジネスのプロモーションと実践の場として選んでいるのである。土・日ともなれば、旧山手通りの西郷山公園入口から西郷橋の上にかけて色とりどりの移動販売者が並ぶ。この場所は、移動ビジネスの新たなメッカとなりつつある。
毎週日曜のみ、旧山手通り西郷山公園入口(目黒区青葉台)でジェラートの販売をしているのがイタリアンジェラートの「MarPhy」。イタリアンジェラートとイタリアンソルベ(シャーベット)をレストランに卸す会社「マーフィージェラテリア」を営む黒沼さんが専用車で販売している。西郷山公園付近で4年前に販売をスタートしたというから、“西郷山の先駆者”と言えよう。すでに青葉台の顧客が4割。鮮やかなイタリアン・ブルーの専用車は、設計から発注したオリジナル販売者。総経費は1台800万円。現在、同社では3台(配達用、ケータリング用、販売用)を所有し、「車の新車発表会やイタリアンフェアなどイベントに出演することが多い」(黒沼さん)と、専用車はフル回転。スタッフもすでに40名を越えるという。「移動ビジネスは柔軟性に富んでいて、便利さを売っているようなもの。しかも宣伝も兼ねている。商売というより顧客に会いに来ているようだ」(黒沼さん)と、先駆者らしい余裕を伺わせる。今後はウェブサイトからの注文も受けるよう計画中。ジェラートは300円と400円。
MarPhy沖縄産ドーナツ「サーターアンダギー」を販売する「Island Cafe」は、今春から平日はビジネス街で飛び込み営業を行い、土・日は西郷橋の上で沖縄の手作りドーナツ「サーターアンダギー」(3ケ200円)を販売する店を開いている。オーナーはブランド品のオークションサイト「イーブーム」を運営する若き経営者、苅部さん。バーテンダーの資格を持つ苅部さんは「飲食業に興味があり、マーケティングがしやすいので代官山に来た。原宿、渋谷にも行ったが、西郷橋の上が最も反応がいい」と、移動販売の手応えをつかんでいる。
移動式店舗はネイビーブルー一色。サイドの窓を押し倒すと、そのままカウンターになり、ボディと同色のテントも備えている。以前のオーナーが使用を辞めた販売車を借り、苅部さんは手を入れずに使用している。屋号も同じで、居抜きで店舗を借りた状態である。2代目「Island Cafe」の苅部さんは現在の営業を「ゆくゆくは料理を出せる2階建てロンドンバスを私有地で展開するためのマーケティング」と位置付ける。「どんな商品が売れるのか、どんな時間帯に売れるのかなど調査中」と、経営者らしい戦略を語る。平日は半蔵門、新横浜など、ゲリラ的にオフィス街に出没し、30~50品の限定数でタコライスなど沖縄料理を提供。苅部さんの母親が沖縄県出身なので、「沖縄の料理にこだわりたい」と抱負を語る。
Island Cafe西郷山公園入口には前出の「Island Cafe」の他にも、ニューフェイスが登場している。今春5月12日(母の日)から営業を開始したフルーツジュース専門店「Mother's Eye」も今春デビュー組。店名の頭文字「Me」とフルーツをデザイン化したロゴが移動販売車のボディを飾り、清潔感あふれる意匠となっている。代表の眞鍋さん(26)は「すでに何店舗かの移動式屋台が出店していた西郷山公園入口に迷わず出店した。母親の視点に立って、健康的なジュースを提供したい」と話す。店名に店舗のコンセプトを記す「母親の視点」を用いているのは、起業の精神を顕在化したものである。代表の眞鍋さん、店長の久松さん(26)とも脱サラ組。二人は今春、会社を設立したばかりの起業家である。「人と身近に接することができる業態なので、屋台から始めようと発起した。屋台を原点にし、1年以内に販売車を2~3台に増やし、スタッフも採用し、ゆくゆくは固定店の開店も目指す」という。
オリジナルのフレッシュジュースを常時4~5種類用意。水を一切使用しない健康ジュースを普及すべく、ウェブサイトで素材紹介をするなど、精力的に営業活動を展開している。メニューは、レトロミックス、人参ボム、ストロベリーフィール、シナモンアップルラッシーほか。S250円、M350円、L450円。
マザーズアイ代官山に続々出店する移動ビジネス。資金のない若い店主にとって、代官山や恵比寿の一等地に自分の店を出せるレアなケースである。経営者や店主は、路上詩人や路上シンガーなど“自己表現ありき”の若者と異なり、それなりのビジネス感覚を持っている。しかし、“金儲け”が最大の目的でない点は、“クリエイター”の側面も持ち合わせていると言えよう。多くの移動ビジネス・ワーカーは、会社に勤めて給料をもらっているほうが、高収入であることをわかっている。それでも、サラリーマンでは体験できない充実感を獲得しているのだろう、誰も彼もいきいきと商売をしている。
一方では、すでに固定店へと移行した者もいる。関西で有名な“イカ焼き”を中目黒や代官山界隈で今春まで販売していた「大黒屋」の店主は、現在、青葉台で固定の店を開いている。代官山をベースに営業をしていたある移動クレープ店も、しばらくすれば固定店へと移行するという。路上デビューする店舗の入れ替わりが激しいのも、また移動ビジネスの側面である。
狭いスペースを最大限に使う店舗は、使い手のクリエイティビティを刺激する媒体。店舗は1坪に満たないワークステーションである。「いかに機能的・合理的に什器と食材を搭載するか」「自宅で仕込みをどこまで行い、現場でどういった調理を行うか」など、頭を使うことがまず楽しそうに映る。路上で出会う人たちとの接客もまた得がたい充実感として加わる。一方、通行人の目には、“ネオ屋台”や“カフェ屋台”は、非日常的な“お祭り”感覚にあふれたカジュアルな露店に映る。代官山を闊歩する若者にとって、こうした店にはまったく抵抗感を抱かない。
“ネオ屋台”や“カフェ屋台”といっても1軒の店舗である限り、路面の飲食店同様の覚悟が必要となる。さらに、限られた空間の中で調理できる範囲で、独自のメニューを考案する“クリエイティブ・マインド”、多くの人が行き交う路上で接客と調理を同時に行う“サービス・マインド”、誰にも泣き言を言えない独立自営の“起業家マインド”もなどのバランス感覚も欠かせない。フードビジネスの新たなトレンドが、ネオ屋台から生まれる可能性も否定できない。彼らにとって、屋台での営業はゴールでない。自分が欲しいと思ったサービスを、素直な感覚のまま、とりあえず最低限の出資で“試してみる”という行動は、逆に見ると高い受容性を秘めている可能性が高い。たった1店舗のネオ屋台でも、セレクトショップや大手資本と連携して新たなビジネス領域を開拓するコラボレーションの可能性もあり得る。
移動ビジネスを通じて“個人の”バランス感覚を磨く代官山“ネオ屋台”オーナー達の次の一手に注目したい。