古着屋、雑貨店、中古家具店の集積地である中目黒に今春、新たなランドマークが加わった。インテリジェントビルや住宅層など3棟のビルから成る「中目黒GT(ゲートタウン)」の開業である。飲食店や日常雑貨店が軒を並べる東急東横線“高架下”が醸し出す下町情緒と近代的な建物で構成される「中目黒GT」の対比が、今日の中目黒を象徴しているかのようだ。
ゲートタウン内の商業施設「中目黒GTプラザ」には、中目黒初登場の生鮮食料品スーパー「Precce」が開店した。同店は東急ストアの上位店としてポジショニングされ、駅をはさんだ場所に位置する「東急ストア」と共に、東急系が両サイドを制覇した形になっている。また、コーヒー豆と世界の輸入食品を扱う「カルディコーヒーファーム」も出店、SOHOワーカーをはじめ地元のコーヒー愛好家から人気を集めている。一方、公共施設も6月から可動しており、「中目黒GT」の地下にある「中目黒GTプラザホール」は映像・音響機器を備えた多目的ホール(1600.33?)で、新たな芸術文化活動の場として広く利用されている。施設使用料は9:00~12:00 6,700円、13:00~17:00 11,500円、18:00~22:00 13,800円。もともと、ギャラリーやフリースペースの絶対数が少ない中目黒だけに問い合わせは多いそうだ。
プレッセ(東急ストア) カルディコーヒーファームそもそも、中目黒に注目が集まるようになったのは1995年前後。1994年、目黒川沿いに人気ブランド「ジェネラルリサーチ」が開店。翌年には中目黒カフェの牽引者「オーガニック・カフェ」の前身である「オーガニック・デザイン」がオープン。この頃から、渋谷や原宿、代官山と比較して相対的に家賃が安いことから、古着屋や雑貨店が続々オープンする。2000年には、すでに中目黒は「クリエーターの街」として認知され、空前の“カフェブーム”“インテリアブーム”が後押しし、個性的なカフェや多くのユーズド・ファニチャーショップが点在する中目黒を多くのメディアが取り上げるようになる。カフェでは「オーガニック・カフェ」「ギルグカフェ」「chano-ma」が中目黒系カフェのブームを牽引し、その後も「オーガニック・カフェ」の姉妹店である「depot(デポ)」が高架下の倉庫を改築してオープンするなど、新たなカフェの可能性を生み出した。「depot」は中目黒“高架下文化”の流れをくみながらも、土地の有効利用を実践した稀有なケースとして業界でも注目を集める。
中目黒では小資本でも工夫を凝らしてして顧客を満足させる個性的な店のオープンが続く。傾向のひとつに、前出の「depot」が試みた“アンダーパス(高架下)・カルチャー”の継承が挙げられる。中目黒駅から徒歩4分の場所にあるのは「村上製作所」(上目黒)。昼間はまさに製作所の倉庫兼作業場で、ガード下に軒を並べる製作所のひとつだが、夜になるとそこは居酒屋に変身する。店の前には「村上製作所」と手書きの張り紙があるのみ。基本的に取材を受けない店だが、口コミで店名は広がり、すでに中目黒の人気店になっている。一方、今年2月にオープンした「TAISHI NOBUKUNI」(上目黒)は、昼は信国大志のデザイナーズブランドショップだが、午後8時になればスタッフが入れ替わり、カフェ&バーの「SLOW DINING」に変身する。営業は深夜3時まで。深夜でもドリップ・コーヒーが飲める一方、泡盛や焼酎も充実している。
TAISHI NOBUKUNI / SLOW DINING TEL 03-5428-1300中目黒では、土地と時間の有効活用を行うショップが少なくない。違った視点で捉えれば、閉店後の時間もナカメ・カルチャーの中に溶け込んでいたいと思わせる“何か”が存在するようにも思える。中目黒は地理的には高台の代官山と祐天寺にはさまれた目黒川沿いの低地にあり、同じく底地にある渋谷の地形と似ている。低地に漂う独自の空気がナカメ・カルチャーを育んできたのだろうか。
最近のナカメ・カルチャーの傾向のひとつに、異業種のショップがひとつのビルに入居し、ビル自体が多様な情報を発信する基地となっている点が挙げられる。あらかじめビルのオーナーが建物のコンセプト、入居して欲しいテナントのイメージを考え、それに合ったテナントを探すのと同時に、積極的にテナントと協同でビル全体のイメージを構築していくもの。今や、個性豊なショップが生み出す相乗効果が、ナカメ人気に拍車をかける。
少し前まで空きテナントの余地があった中目黒。出店を希望する若手経営者は、不動産会社を通じてビルの空き部屋や空きフロアーをくまなく探し、テナントとして入居にこぎ付けた。完成しているビルに途中から個性的なショップが入居するとビルのイメージが変化し、店舗のサイン看板が統一感のないままに取り付けられるなど、ビル全体としては無秩序なバランスとなり、多少なりとも違和感が発生していた。しかし、今年5~7月の3ヶ月の間に中目黒駅の近くに相次いで誕生した3つのビルは、業種業態の異なるテナントが相乗効果を生み出し、ビル全体で一定のテイストを醸し出している点が挙げられる。
5月に中目黒駅から徒歩1分の立地に開業したのが世拡(せいこう)ビル(上目黒)。ギフト卸売や千葉県で飲食店経営などを営む「世拡」の自社ビルで、5月1日、先にテナントとして「BAR GARDEN」が3階にオープン、続いて5月9日、1階に直営店のインテリア・雑貨ショップ「ルームスフィア」が開店。さらに5月22日、2階にカフェ「Mother Moon Cafe」がテナントとして開店した。「Mother Moon Cafe」(2階)、「BAR GARDEN」(3階)の両店ともカフェ・レストランなど飲食店を経営する「マザームーン」(本社・兵庫県西宮市)が運営。「BAR GARDEN」は2000年にオープンした人気カフェ「CAFE LIFE CAFE」(麻布十番)の“セカンドルーム”と位置付けられている。
「ルームスフィア」は部屋の空気を彩るアイテムが揃うインテリア・雑貨ショップ。店名は「部屋の空気」を意味している。北欧、アメリカ、イギリス、カナダなど輸入インテリア雑貨、グラフィック関連グッズ、キッチン用品、照明器具が充実している。特に充電してコードレスで使えるイギリス製のライトなどアイデアに満ちた照明器具が揃っているのが特徴。店を運営するポール・プレイターさんと聡美さん夫婦が海外で買い付けたアイテムが光る。「最初の1~2週間は、斜め前にあるスーパーの『ライフ』の買い物帰りの方が多かったが、3週間目くらいからいろんな人が訪れてくれるようになった」と聡美さん。今後は「著名なデザイナーの商品ばかりでなく、委託販売も考えている。それでも、ゴチャゴチャした雑貨屋にはせずに、ある程度のテイストを保つため作品は吟味したい。ショップには何か探しに来てくれたら嬉しい」と語る。
「テナントに居酒屋やスナックに入ってもらいたくなかった。歩いていると、中目黒には少しカフェが少ないことに気づき、上の階にはカフェを募集した」(聡美さん)というように、入居するテナントの業種には気を配った。聡美さんの弟で、同店のスタッフを務める豊嶋さんは「1~4階がテナント。ターゲットを絞り、若い女性が来るようなビルというコンセプトに沿って、テナントを選択した。現在、4階は空いているが、たとえば美容院に入居してもらうなど、ビルの方向性に合ったテナントの入居を考えている」と説明する。さらに「若い人が代官山から目黒川沿いに流れてきている。中目黒が注目されていることで、ここに来れば何かありそう、という希望を持って足を運んでいる人ばかりで、客層も来る目的もまだ固まっていない。だから、現在オープンしている店は、実験的なクリエイティブなことにトライしやすいのではないか」と現状を分析する。
ルームスフィア2階「Mother Moon Cafe」の丹羽さんは「中目黒は一人暮らしの方が多く、それぞれに一番大切な居場所がある。その次の居場所としてのカフェ、きちんとした料理やドリンクを楽しんでもらえる店を目指している」と話す。同店の客層は意外に年齢が高く、28~30歳が中心。「当社はこれから発展する地域を狙って出店してきた。中目黒も可能性のあるエリア」と、その手応えを感じている。「1階(ルームスフィア)でインテリアを見て、2階(Mother Moon Cafe)でカフェ・タイムを楽しんで、3階(BAR GARDEN)でフィニッシュする人が多い」と、ビルの相乗効果を示唆する。一方、「BAR GARDEN」の店長、篁さんは「カフェの匂いを漂わせたバーを目指している。オープンしてまだ間もないが、中目黒は個性的な人が多い」と話す。
マザームーンカフェ BAR GARDEN TEL03-5725-33876月28日、中目黒駅前から目黒川を越えた場所に建つ持田商工ビル1階にオープンした「shide(シーダ)」(上目黒)は、国内外有名アーティストの服飾、アクセサリー、バックなどを販売するとともに中国茶の販売、喫茶コーナーを設けたミックスチャーショップ。直輸入する中国茶はそれぞれが厳選された商品で、他店では入手困難なものも多数扱っている。外観からは衣料とともに中国茶を販売していることはわかりにくいが「いかにも中国茶を扱っています、というコスプレはしたくない。作為のあるものはカッコ悪い」(社長の福山さん)という意図があり、あえて大々的に店頭では謳っていない。「不健康な生活をしているので、ヘルシーな部分とアートの部分をミックスした。大資本のやり方を踏まえた上で、自分たちにできる方法でこだわりの中国茶を広めていきたい」と、福山さんは抱負を語る。
同ビルは外壁を白いペンキで塗り、1階に共通した店舗案内を設けるなど、全体の統一感が取れている。2階は美容院「LOGU hair」、3階は古着屋「Faith」。両店とも福山さんが代表を務める店舗開発会社「フクヤマ」が営む店舗で、1月にリニューアルオープンしたばかり。福山さんは「小さな場所で営むビジネスと大きな場所で営むビジネスは手法が異なる。このビルは先に上の階にテナント入居し、やがて1階が空いたので、結果として1~3階を押さえることができた。ウチは店舗開発を行っている会社なので、直営店を抱え、きちんと利益をあげないと説得力に欠ける」と、出店が計画的であったことを語る。「5~6年前には何もなかった中目黒にも、近年のナカメ人気にあやかって大手企業が触手を伸ばしてきた。それにより坪単価も2~3倍に跳ね上がった。その前に小さなショップはサッサと店を開いていった。しかし、4~5年前から仕掛けていた人と、ナカメが注目されているから急遽物件を探し始めた人とでは大きな差が出る。後者はすでに莫大な資金が必要となっている」と、中目黒への進出動向を語ってくれた。
shide TEL 03-5428-0804そして7月6日、前出の持田商工ビルの並びに「中目黒GBLショップ」(上目黒)がオープン。もともと3階建てのオフィスビルだったが、同時に3フロアの改装を開始。1階はスウェット専門店「ループウィラー」、2階はMTB関連グッズやウェアを扱う「バンザイペイント」、3階はデザイングループ「グルーヴィジョンズ」のオリジナルアイテムを販売する「GRV1788」。3社はこれまで頻繁にコラボレーションを行ってきたが、それぞれ直営店を持つのは初めて。ビル名の「GBL」は、「GRV1788」「Bonzaipaint」「Loopwheeler」3社の頭文字から命名。
「ループウィラー」は希少価値の高い編み機を用いて、独自の風合いを持ったスウェットやTシャツなど生産してきたメーカー。裏原宿の人気ショップなどにも同社製造のウェアが並んでいる。「バンザイペイント」とはグラフィック契約を結び、コラボレートを続けている。一方の「バンザイペイント」はペイントとデザインのメーカー。マウンティン・バイクを介してつながったイラストレーターとグラフィック・デザイナーのチームが営む直営店である。
「グルーヴィジョンズ」は1993年に京都で設立されたデザイングループ。PIZZICATO FIVE のライブ・ビジュアルを担当し注目を集めた。1997年より活動の拠点を東京に移し、CDのパッケージデザインやPV、映画がファッション関係のアートディレクション、グラフィックデザインなどを中心に活動を続けている。また、通常のデザインワークと並行して主に東京のギャラリーを中心にアートワークの展示会を実施。こうしたアートワークのプレゼンテーションや様々なプロダクトの企画開発から生まれたタレント「chappie」は同社の代表作。
「中目黒GBLショップ」のプレスを担当する「グルーヴィジョンズ」の辛島さんは「グルーヴィジョンズは、これまでにいろんなオリジナルグッズの販売をしてきた。文具、カットソー、椅子、パチンコ台に至るまでいろんなものを作っているが、常時販売できる直営店を持ちたいと考えていた」と出店の動機を話す。奇しくも同じ時期に「バンザイペイント」も店舗兼事務所を探していた。現在の物件は事務所を兼ねる店舗としては手狭だが、店舗なら1フロアで十分だった。「ループウィラー」も店舗を探していたので「3フロアあるので、3社でビルを借り、店舗用に改装することを今年の初めに決めた」(辛島さん)という。インテリア設計はEPAの武松孝治さんが担当。プロダクツ製品、ファッションなど次々に精力的に商品を生み出すデザイン集団やユニットが入居する「中目黒GBL ショップ」は、中目黒の新たなランドマークになりそうだ。
ループウィラー TEL 03-5428-1771 バンザイペイント TEL 03-5728-8031 グルーヴィジョンズすでに商業施設を受け入れる土地が少なくなっている中目黒では、水平方向だけでなく、垂直方向への拡大が始まっている。近年の“ナカメ人気”に伴ってテナント料も急激に高騰し、小資本での出店は難しくなっているのが現状。あるテナントビルのオーナーによれば「毎日、10名以上の出店希望者が下見に訪れるが、敷金や保証金、家賃の面で断念して帰る」という。
こうした面から捉えると、中目黒での新しいショップの誕生は一段落しているかのようだが、高架下やビルなどのいわゆる“既存物件”を、独自の発想で“再生”しながら新たな価値を生み出していくのはいかにもナカメらしいアプローチ。まとまった土地の少ない中目黒ならではの不動産事情が、付加価値の創出に長けた人気デザイン集団等とコラボレートしながら、街のコンテンツとしての魅力を着実に高めている。十字に交差する、東横線高架下の“アンダーパス”系カルチャーゾーンと、目黒川沿いの“リバーサイド”系カルチャーゾーンとが軸となり、“ハレ”の渋谷や代官山とは一味違った独自の界隈性が形成されていく。