特集

他流試合でマーケットを拡大する
渋谷「格闘技系」ビジネス事情

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■裏原宿系と格闘技のコラボレーション

「PRIDE」や「K-1」を中心にこの数年間、右肩上がりの盛り上がりを見せている格闘技。最近では、桜庭和志や藤田和之といった日本人有名選手の長期欠場にも関わらず、その客足はいっこうに衰えを見せない。また、プライドやK-1だけでなく、マスクをかぶったプロレスラーを総合格闘技に登場させるなど意外性のあるマッチメイクで好評を博す「DEEP」やクラブ文化とコラボレーションする「CONTENDERS」といった新興イベントやK-1の中量級大会などの大会もファンのニーズをつかんでいる。

格闘技大会の多様化は、格闘技に対する100キロ以上ある大男たちが戦うものという固定観念を崩し、一般人と変わらぬ体格の選手にも活躍の場を与えることで、等身大のヒーローを生みつつある。それは、魔裟斗や宇野薫、佐藤ルミナといった格闘家がファッション誌の常連になっていることからも明らか。最近では、格闘技とアパレル、とくに裏原宿とのコラボレーションが目につくケースが増えてきた。

現在の格闘技ブームの基盤を作ったK-1が事務所を置くのは神宮前。オフィシャルショップ「LOOK-1」も併設している。7月には藤原ヒロシ氏の「ECデザイン」とのコラボTシャツも発表。もはや裏原宿系ブランドと格闘技とのコラボレーションは珍しいことではなくなった。俳優のARATAとKIRIが立ち上げたブランド「REVOLVER」は三沢光晴が所属するプロレス団体・NOAHの旗揚げ時から全種の着用するジャージからTシャツに至るまで、アパレル関係を全面的にサポートしている。

今年6~7月にかけては、老舗プロレス団体が相次いで裏原宿系ブランドとコラボレートイベントを行った。裏原宿を代表するブランド・「APE」はお台場・ZEPP TOKYOに1,500人のファンを集め「BAPE STA!! PROWRESTLING」を開催した。来場者の4割近くがAPEのTシャツ目当てのプロレス「初」観戦者だったという。7月には「デビロック」が老舗プロレス団体・新日本プロレスと「G1 CLIMAX前夜祭」をSHIBUYA-AXで開催。こちらも満員となる1,018人のファンを集めた。

こうしたコラボレーションは各ブランドの中心となる人物が格闘技ファンだということが発端のケースも少なくない。格闘技団体・パンクラス内のチーム「GRABAKA」とのコラボレーションTシャツを発表しているユナイテッドアローズの広報担当者は「社内に格闘技好きのスタッフがいて、その人物が中心になってほとんど一人で進めました」と話す。一方で、格闘家がそのTシャツを着用することによる宣伝効果を期待する側面もあるだろう。選手は通常、入場時にTシャツを着ている。雑誌のインタビュー時でも露出される。そのTシャツが会場で売られていれば買ってしまうのがファンの心理。格闘家の広告塔としての価値は想像以上に高い。また、柔術をベースにした選手は入場時に柔術着に着用する。有力選手の場合、柔術着に貼るワッペンにスポンサーがつくほどだ。

LOOK-1 LOOK-1

■「一撃オフィシャルショップ」が目指すもの

裏原宿と絡む格闘技団体の思惑は物販だけではない。情報発信基地として、裏原宿を活用するのが空手団体・極真会館が中心となる「一撃実行委員会」だ。「一撃」は極真会館が音頭をとり行う格闘技大会。K-1などでも活躍する極真世界王者のフランシスコ・フィリォがプロデューサーを務める。一撃は7月7日、裏原宿・遊歩道に「一撃オフィシャルショップ」をオープン。大会のチケットやTシャツなどのグッズ販売はもちろんだが、「情報発信の場として、格闘技をもっと知って欲しいという期待がある」と同店ゼネラルマネージャーの小鹿正博氏は話す。

空手と裏原宿。その組み合わせは奇妙にも見える。発端は極真会館と国内信販のコラボレーションによるクレジットカードの発行だった。同店が入居するのも国内信販のビル。出店前、小鹿氏は「原宿に出していいのかというのもありましたが……」と不安もあった。だが、同店の出店が決まると若手選手からは様々なアイデア・意見が出されたという。若手選手にとっては、原宿と空手は至近距離にあるものだったのだ。結果、「当初は入り口に置いてあるサンドバッグを見て後込みする人もいましたが、やっと原宿になじんできました。当初の狙いにはなかったのですが、ファッションを入り口に空手を始める方もいるようです」と語るほどに成長。当初の目的が情報発信だったこともあり、同店単体では「利益はまだまだ」という段階だが、しかし空手に対する「恐そう」なイメージの払拭には成功しつつあるようだ。

一撃
一撃オフィシャルショップ 一撃オフィシャルショップ 一撃オフィシャルショップ

■カフェ経営でファン層の拡大を目指す修斗

渋谷系文化と格闘技との融合はアパレルだけにとどまらない。競技としての普及を目指す格闘技・修斗の中心的なプロモーターである「サステイン」(本社:恵比寿)は事務所にカフェを併設している。「KEEL cafe」の店長・松本康氏はカフェオープンの経緯を次のように話す。「当社の社長であり修斗協会の会長である坂本が、元来チケットやグッズ販売、過去の試合のビデオ放映を行うファンの交流の場というコンセプトでカフェを作りたいというアイデアをもっていた。実際に一人で格闘技を見に行きづらかった女性が同店で知り合いができ、一緒に観戦したという例もあります」。

ファンの交流の場、修斗の情報発信の場である同店では未知の海外選手のビデオ放映、選手の取材場所、公式結果の無料配布、公式ファンクラブ「x-shooto.com」主催のトークショーなど、修斗の普及に積極的な活用がなされている。また、修斗は格闘技Tシャツブームの先駆的存在でもある。佐藤ルミナやマッハ桜井といった人気選手のTシャツはプレミアがつくことも少なくない。やはり、同店にもTシャツ目当てで来店する人も少なくないようだ。佐藤ルミナはサステインの取締役でもあり、打ち合わせや取材で同店に来店することも少なくない。同店のロゴも佐藤ルミナによるデザインだ。ファンにとっては、選手と出会えることも魅力のひとつだろう。

x-shooto.com

■「見る」スポーツから「する」スポーツへ

前出の修斗は安全性への深い配慮やオフィシャルジムの拡大など、競技としての確立を積極的に進めている。9月16日に予定される横浜文化体育館大会のように人気選手を揃えた大規模な大会だけでなく、北沢タウンホールなどで行っている小規模な、知名度の低い選手たちによる数百人規模の大会も活況を呈している。8月27日に予定される北沢タウンホール大会も満員となるはずだ。一撃も「プロとアマの中間の大会。アマチュアの選手がここをステップにK-1にあがることも今後はありえる」(前出・小鹿氏)と語る。格闘技人気の高まりは同時に「見るスポーツ」としての格闘技から「するスポーツ」としての格闘技熱の高まりでもある。

新日本キックボクシングを代表するジムのひとつである伊原道場があるのは代官山。同道場には小川直也、永田裕志、魔裟斗、謙吾など現在の日本格闘技界を代表する有名選手が出稽古に来る一方で、周辺地域から多くの一般ジム生を集めている。「ライターやカメラマン、アパレル店員などが多いですね。いまは毎月10~15名ほどの新規入会者がいます。とくにK-1やプライドの大会があった直後は入会希望者が増えるようです。女性会員も目立ちますね」と語るのは同道場の遠藤周作氏。立地の理由については「伊原信一会長に先見の明があり、今後発展する土地だろうということで選んだようです」。格闘技のジムや道場は地価の問題などもあり、大都市近郊にあることが多い。だが、現在の格闘技ブームを支えるのは週末、渋谷へ買い物に来るような都会の若者だ。代官山という所在は彼らが買い物の中途に立ち寄るにはベストなロケーション。伊原氏の狙いは的中した。

伊原道場のような本格的なジムが若者を集める一方で、一般的なフィットネスクラブも格闘技の要素を取り入れ始めている。「コンタクトボクシング」や「ファイティングラッシュ」といったメニューがあるのは大手スポーツクラブ「ティップネス」だ。音楽に合わせてボクシングの動作を行うのが「コンタクトボクシング」。ボクシングではなく、キックや空手、少林寺から太極拳に至る様々な格闘技の動作がミックスされたのが「ファイティングラッシュ」だ。こうしたプログラムはこの1年くらいで目立って増えてきたようだ。渋谷店のメニューを見ても、格闘技関連のプログラムが目につく。同社広報担当の長谷川光氏によると「格闘技ブームもありプログラムに取り入れました。受講者のニーズも多々ありました。こうしたプログラムはフィットネスの視点から格闘技の要素を取り入れたものです。格闘技の動作はストレス発散の効果もある。また通常の生活の中では使うことの少ない体をひねる動作が多く含まれているので、運動効果も非常に高いんです」とのこと。もちろん、これで格闘技の有段者になれるというものではないが、パンチの打ち方などの基本は身につくという。年代・性別を問わず受講者の数は右肩上がりに増えているそうだ。

■格闘技の「一番」決戦・・・類を見ない「100億円」興業

現在の格闘技界を取りまくキーワードは「他流試合」だ。格闘技ファンの興味の根幹は「誰がいちばん強いのか」にある。かつて、熊と戦った空手家がいたように、その興味は特定の流派・ジャンルにとどまることなく、ボクシングのチャンピオンと空手のチャンピオンのどちらが強いのかといった、競技を超えたところまで及ぶ。K-1が成功した要因のひとつには、多様化していた打撃格闘技界-キックボクシング、ムエタイ、空手それぞれの強豪を招聘し、どの競技がいちばん強いのか、明らかにしようとした点がある。K-1の「K」はキック、空手、拳法、カンフーなどの頭文字であり、格闘技そのものを表してもいる。

K-1をプロデュースする石井和義氏が手がける「Dynamite!」。8月28日(水)、国立競技場を会場に10万人の観客動員を目指し、ペイパービュー、グッズ販売などをあわせ総額100億円の収入が見込まれビッグイベント。この「Dynamite!」のコンセプトも他流試合にある。メインイベントとなる桜庭和志とミルコ・クロコップとの一戦も、昨年の8月に始まった、K-1選手と「PRIDE」マットにあがっていた総合格闘技の選手との戦いの流れだ。K-1とPRIDE、どちらが強いのか。お互いの威信をかける「他流試合」独特の緊張感は見どころのひとつとなりそうだ。

Dynamite!

さらにもうひとつ、「Dynamite!」の話題をさらう他流試合は、バルセロナオリンピック金メダルの柔道家・吉田秀彦がホイス・グレイシーと闘うプロデビュー戦だ。ホイス・グレイシーは現在の総合格闘技ブームの着火点となった「UFC」の第1回、2回、4回のチャンピオン。かつ、柔道に端を発するグレイシー柔術の黒帯をもつ「グレイシー最強の遺伝子」と呼ばれる選手。柔道対柔術の他流試合となる。

「Dynamite!」当日の模様は、神宮前にある「プレスト」が手掛けるブロードバンドサービス「e-goraku.tv」のキラーコンテンツとして全試合配信が予定されている。このサービスでは、もともとPRIDEの動画配信サービスを行っており、今回の配信もその一環。PRIDE各大会の模様は民放で放映された後、ビデオ・DVDの発売よりも先にインターネットで有料配信されている。さらに、同社代表取締役の岩坂和明氏によると「視聴者は95%と圧倒的に男性が中心。年齢では24~25才がボリュームゾーン」と言う。「渋谷に来るような若者で格闘技に興味がない子はいないでしょう」と、「Dynamite!」配信に期待をかける。

同社はPRIDEのビデオ・DVDも手掛けており、「Dynamite!」も速報版ビデオ(税込2,000円)が大会10日後の9月6日(金)にはファミリーマートなどの店頭に並ぶ。テレビで放映されるものとは別個に独自の取材を敢行。インターネット配信、ビデオ、DVDすべて内容が異なるという手間のかけようだ。速報版は試合当日の夜には制作作業に入るという急ピッチな作業が待ち受けている。リング外でのビジネスは試合終了後も勝負が続く。

e-goraku.tv
e-goraku.tv

写真提供:Dream Stage Entertainment

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写真提供:Dream Stage Entertainment

■全編渋谷ロケ「凶気の桜」に準主役で抜擢された格闘家

一方で、別世界との他流試合に挑んだ格闘家がいる。10月19日(土)から全国東映系で公開される渋谷系ムービー「凶気の桜」は格闘家に対する認識を改めさせる一本になるだろう。窪塚洋介、高橋マリ子、江口洋介、原田芳雄といった一流の俳優と肩を並べて堂々の準主役をはるのは格闘家の須藤元気。道場に入門し新弟子としてドン底からスタートすることを拒否、大学卒業と同時にアメリカの格闘技クラブに入門した異色の経歴をもつ。現在はアメリカの総合格闘技大会・UFCで活躍するメジャーリーガーだ。また、窪塚、須藤とともに物語の中心となる3人組の一人・RIKIYAもプロボクサーのライセンス保持者だ。『凶気の桜』が渋谷系ムービーと呼ばれるのは、渋谷を舞台にした原作、渋谷生まれのスタッフ、全編渋谷ロケという渋谷との関係の深さからだ。同作のプロデューサーを務める國松達也氏に話を聞いた。「原作のヒキタクニオさんはもともと屋外の電飾デザインの専門家。バブルの頃、渋谷の街で足場を組んで作業しているときに見下ろしてみるとチーマーたちがケンカしていた。そのライブ感覚を小説にしたのが『凶気の桜』。下でケンカしていたのが音楽を担当するK DUB SHINE。原作のリアル感を出すために屋外はもちろん、室内であれ窓の外の風景にまでこだわって99%渋谷ロケ。渋谷駅周辺は警察の道路使用許可がおりないので、ロケは謀略をはりめぐらせてゲリラ的に行いました」。

凶気の桜

他流試合といえば、この夏、ビアガーデンとの他流試合を挑んでいるプロレス団体がある。渋谷「CLUB ATOM」を根拠地に毎週木曜日、ストーリー性の強いプロレスを展開している団体だ。5月にはプロレスの聖地・後楽園ホールに進出。2000人を超える超満員のファンを集めた。だが、この夏は渋谷での定期大会を一休み。船橋「TOKYO-BAY ららぽーと」屋上ビアガーデンで連日の試合を行っている。「闘う!ビアガーデン THE RING」と題したこのイベント、雨の日を除き7月19日から9月1日までの毎日開催されるハードなもの。だが、これで渋谷から離れてしまうわけではない。「毎日、試合を行うことで若手選手が底上げされる。また、予想外のことだが多くの子供ファンを獲得することにも成功しつつある。業界全体の問題として、チケット代の高さゆえに子供ファンが減少傾向にあったが、子供の目はある意味とても厳しい。そうしたファンを獲得したことで、選手がさらに鍛えられる。10月にはさらにパワーアップして渋谷「CLUB ATOM」に戻ります」。

かつて格闘技のメッカと言えば水道橋で、後楽園ホールを中心に専門店が集積した。だが、今は大会に使われる会場が多様化したことや、関連グッズ・マーケットも、好事家だけに向けた狭い視野から脱し、街中で格闘技グッズを見かけることも日常の光景となった。トレンドをどん欲に消化する街・渋谷が格闘技との関係を深めているのも当然の流れかもしれない。これまで、あらゆる格闘技を戦いの輪に巻き込んできた格闘技側もどん欲さでは渋谷に負けていない。食うか食われるかの「渋谷」vs.「格闘技」。この究極の他流試合で、周辺マーケットの拡大が続く。

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