かつては「区役所通り」と呼ばれていた「公園通り」。1973年、「渋谷パルコ」(現パート1)が開店した際に、「パルコ」がイタリア語で「公園」を意味すること、代々木公園が近くにあること、人がブラブラと寄り道する公園のような存在でありたいという願いなど、3つの意味を込めて「公園通り」と呼ぶようになったとされている。年間5,000万人の通行量を数える「公園通り」が今秋、大きく変わろうとしている。
10月1日に区制施行70周年を迎える渋谷区。これに先立って7月13日、公園通りに「渋谷区役所前駐車場」(地下駐車馬)の新しい入口がオープンした。もともと渋谷は都市開発と立地環境面から慢性の駐車場不足が続いている。1993年に開業した同駐車場の場合、入口はNHKの前を通る井の頭通りからか、原宿駅から代々木競技場に沿って区役所へ向かう途中の2ヵ所しかなかったため、公園通りを上ってきた車は一端Uターンして駐車場に入る以外方法がなかった。渋谷都市整備公団の岡田さんによれば「利用者の声や様々な業界の指導もあり、利便性を考慮して1996年から新たな入口の建設の検討に入った」という。平日 30分毎200円、土・日・祝日 30分毎250円という料金は「利用しやすい料金を念頭に置いた。他の商業施設の足を引っ張るのはよくないという指導と、坂の上で駅から最も遠い距離にあるという立地を考慮して現在の料金になった」(岡田さん)。営業時間は24時間、駐車台数は650台。のべ面積は3900平方メートル。
一方、現在公園通りで行われている道路整備工事の完成予定は10月21日。公園通り2番街(西武信用金庫前~渋谷区役所)は違法駐車や荷降ろしのための停車による渋滞が続いていた。その対策として何度か荷捌き優先スペース設置の実験を続けた結果、渋谷区は全国に先駆けて車道の幅を縮小し、常設の有料荷さばき専用スペースを正式に導入した。具体的には区役所に向けた上り坂の全長約300メートルが実施区間。幅9メートルの道路の車線部分を7メートルに縮小し、余った2メートルの部分の一部を歩道拡幅にあて、一部に荷さばきスペース(全7ヶ所)を設ける。この交通環境整備システムの実施は、10月下旬に坂の下側半分で始め、11月から全面的に開始する。整備工事完成後にはプランターが車道と歩道の境界線の役目を果たし、渋谷公園通商店街振興組合の協力を得て、寒椿やサツキツツジ、クルメツツジなど四季の花々が咲くストリートとなる。
有料荷さばき専用スペースの常設は区の独自予算であることから、区制施行70周年を迎える渋谷区の記念事業という側面もある。渋谷区土木部道路課計画係主査の須藤さんは「渋谷区では歩道の段差をなくすバリアフリーを推進してきた。行政は効率や効果ばかり求めがちだが、公園通商店街振興組合から景観づくりにも注意を払うよう提案をもらい、また物流会社の協力もあり、全国でも初の試みが実現した」と話す。有料の荷捌き専用スペースの確保や歩道の拡張は「交通環境整備のモデルケース」ではあるが、須藤さんは「交通対策はあくまでもその路線にのみ最適なもの。公園通りのケースをそのまま全国で実施すればいいというものではない。問題は整備後。街の景観をきれいに保っていけるかが大切」と、すでに恒久的な保全に目を向けている。
渋谷区前出の全国初の交通環境整備システムを牽引したのが渋谷公園通商店街振興組合。企画部長の松田さんに同組合の取り組みを聞いた。「公園通りの道路整備は、渋谷駅前整備とはまったく別の軸として進んだ。これは新たな道づくりのモデルの提案で、渋谷区の70周年のモデル事業として取りあげてもらい、フラワーポットをガードレールにするなど景観については組合から区に要請した」。渋谷公園通商店街振興組合がイニシアチブを発揮した背景には、同組合が12年前に公園通りのレンガ化、約15年前にすずらん型の街路灯の設置を実施したことが挙げられる。つまり、タイルも街路灯も同組合の管理物件であることから「いわば組合の道路だから、何度も区と組合の調整を行った」(松田さん)という。街路灯は設置してから年月が経っており、安全面と省エネも兼ねて整備計画とリンクする形で、姉妹通りであるニューヨークのパークアヴェニューの街路灯と同じものを備え付けるという。
同組合は今年5月、「渋谷公園通りオフィシャルサイト」を立ち上げた。松田さんは交通環境整備システムの構築と並行して組合としての方向性の明確化を唱えてきた。サイトの立ち上げはその一環である。特に駐車場のインフォメーションとマップは充実している。「一歩先を行く商店街として、美しい環境と、成熟した消費者が心地よく購買できる整備をする必要があった」というように、同組合もまた“オトナ化”を意識してきた。渋谷が“オトナ化”を掲げなくてはいけなくなった要因として(1)渋谷の街としてのコンセプトが明確ではなかった(2)公園通りのコンセプトも多少揺らいだ-点を挙げる。松田さんは「バブル崩壊以降、大手がコストをかけた大掛かりな仕掛けができなくなり、一時期10代のマーケットに擦り寄るように変わっていった。ファッションビルや百貨店はそれぞれ異なるターゲットを持っていたはずだが、例えばルーズソックスが流行ればルーズソックスを売る店が続出したように109に代表されるコギャル・マーケットが渋谷の中心となり、その延長線上に渋谷の各商店街もあった」と分析する。「本来はどういう街にし、どういうターゲットに仕掛けをすればいいのかを各商店街も考えなくてはいけなかった。例えば公園通りとセンター街、道玄坂とはターゲットは違うはず」と、同じ渋谷でも客層の違いがあることを指摘する。さらに「その中で街のスタンスを守ってきたのは公園通り。購買層はやや低くなったが、オトナ化しているエリアもあり、固定客が戻ってきている。また、子供たちが社会人になった時に対応できる街づくりをしてきたことも公園通りが地盤沈下しなかったポイント」と語る。
松田さんが渋谷の“オトナ化”を語る文脈には、渋谷に集う若者の感性や消費の目が成熟した時に、果たして彼らはどこで遊ぶのか、その前に渋谷は彼らが集うエリアを開発してきたのか、という自問自答がある。「誰をターゲットにするのかという明確なビジョンが商店街には必要で、街がオトナ化しないと、テナントもオトナ化しない。ひいては自分たちのオトナ化が街のオトナ化につながる」と松田さんは強調する。行政と一体となって駐車場問題を進めたのも「車で来るような購買層が実際に渋谷に訪れるなら、単価も上がるはず」という目論みがあってのことだった。背景には飲食よりファッションビジネスが先行する公園通り独自の方向性がある。
渋谷公園通りオフィシャルサイト近年の公園通りの特徴は、ファッション系大型店と飲食店の進出が挙げられる。「渋谷GAP」が1996年に開業して以降、しばらく大型店の流動はなかったが、2000年7月、高感度な女性をターゲットとしたレディース主体の「ユナイテッドアローズ渋谷公園通り店」(神南)がオープン。1、2階はレディース、3階はメンズというフロア構成。店舗面積は約334平方メートル。ファッション激戦区に原宿イメージが強かったセレクトショップの雄、ユナイテッドアローズが開業したことで、先行して店舗展開を進めてきた「ビームス」「シップス」とあわせてセレクトショップの御三家が神南に出揃った。2001年3月には、ファイブフォックス(本社:渋谷)の新業態「スリーミニッツハピネス渋谷店」(宇田川町)が開店。「3分間で幸せになれる」コンセプトをそのまま店名に据えた同店は100円、300円、500円、700円、1000円と100円単位で区切られたバリュープライスの生活雑貨がスーパーマーケットのようなディスプレイで展開され、またたくまに人気店に。その後、同店は全国展開を開始。公園通りでは「フランフラン」と「スリーミニッツ」を回遊する女性の姿が多く見受けられる。
ユナイテッドアローズ スリーミニッツハピネス渋谷店/TEL 03-5459-18519月19日、公園通り沿いにオープンしたのが「MORGAN公園通り店」。「MORGAN」は現在50ヶ国以上に550店舗を展開するパリのブランドで、日本では「GSIクレオス」(本社:千代田区)が輸入販売を担っている。同店はレディース、メンズ含めたフルアイテムをラインナップするメガショップ。地下1階、1、2階の3フロアで構成され、店舗面積は410平方メートル。ターゲットは「個性を表現する20~30代のセクシーで魅力的な女性」(同社プレス)。同店の特徴のひとつは、3階にメンバーズ向けのコミュニケーションスペースを設けたこと。ここでは同店がセレクトしたCDの試聴ができるほか、雑誌を読むこともできる。「MORGAN」プレスルームの福田さんは「公園通りは感度のいい女性が集まるエリア。昨年、ニューコンセプとの銀座店を開いたが、同様に公園通りはブランドのターゲットに合ったストリートで、活気がある」と話す。
GSIクレオス インポートブランド部飲食・カフェ業態では「紅虎餃子房渋谷公園通り店」(神南)、「エクセルシオールカフェ渋谷公園通り店」(神南)など新興勢力が公園通り路面に進出。9月6日(金)には、本場・香川県の「讃岐うどん」チェーン店の首都圏第1号店「まんまるはなまるうどん東京渋谷公園通り店」(宇田川町)が開店し、連日行列ができるほど人気を集めている。この中でも顕著なのがカフェ業態。公園通りを上りきった右手にあるビル「明星公園62」=通称「カフェビル」に今日のカフェブームを決定付けるカフェが相次いでオープンしたのが1999年~2000年。その後、渋谷公園通りのカフェがブームを牽引していく。1999年11月、「カフェ・アプレミディ」(5階)がオープン。タワーレコードのフリーペーパー「バウンス」の編集で名を馳せた橋本徹さんが「自分たちが気持ちよく過ごせる場所」を求めて出店。橋本さんはカフェの経営と並行して、ボサノヴァなどのブラジル音楽とヨーロッパのジャズや映画音楽などを中心にセレクトしたコンピレーションシリーズ『カフェ・アプレミディ』をリリースし、カフェ・ミュージックのマーケットを開拓する。さらに橋本さんは2002年3月、食事とワインを重視した「アプレミディ・グラン・クリュ」(4階)をオープン。一方、2000年6月にオープンした「和カフェ yusoshi(ユソーシ)」(6階)は和風スタイルの先駆けとして人気を集める。ロンドンのクリエイター集団「TOMATO」とのコラボレートで内装を作り上げ、インテリアも話題を集めたが、クリエイター集団やインテリアデザイナーとカフェのコラボレートはその後、多くのカフェに踏襲されていく。
カフェ・アプレミディ/TEL 03-5428-0510 アプレミディ・グラン・クリュ/TEL 03-5428-5121 和カフェ yusoshi/TEL 03-5428-3434成熟した消費者が渋谷で「お茶する」際、カフェチェーン以外の店を探すことが難しかった。上質の時間を消費したいと望むオトナにとって、その時間に付加価値を与えてくれるセンスのいい音楽やインテリアは必要不可欠。「心地いい時間を過ごす」という都会の大人のライフスタイルを具体的に提示したのが、カフェ・オーナーたちだった。多くのカフェは深夜~早朝まで営業し、夜はアルコールを主体としたラウンジへ変身させるなど、結果としてオトナ化を促進した。個性的なオーナーが仕掛けるカフェ業態は、渋谷にオトナを呼び戻す原動力になったとも言える。カフェの集積したビルが、本来取り込みたいオトナの集客に成功したことにより、公園通りにまた新たな流れが生まれた。やがて2001年11月、公園通りに「大人のナイトライフ・スタイル空間」と銘打った「ダイニング&ガーデン パルコ」(「パルコパート1」7、8階)が登場する。
「渋谷パルコ」が開業したのは1973年。同時に「西武劇場」(現「PARCO劇場」)を開設する。1975年には「パート2」、1981年には「パート3」がオープン。「渋谷パルコ」の歴史は、「公園通り」と命名されたストリートの歴史と重なる。その「渋谷パルコ」パート1xの改装第一弾は8月31日。改装は段階を経て12月まで続き、全館規模で展開される。第1弾ではオンリーショップとして日本初の「ロイヤルオーダー」をはじめ、「ポール&ジョー」「アナ スイ」「アールジーン」「クリエイティヴワークスギャラリー グラム」など3、4、6階に注目ショップが登場した。リニュ―アル第2弾は9月28日。レディースフロア1、2階、メンズフロア4、5階、計18店舗がオープン及びリニューアルオープンする。特に5階はメンズだけでなく、カップルで楽しめるユニセックスゾーンになる点が最大の特徴。
「パルコ」はここ数年“オトナ化”を指標に掲げてきた。昨年11月にオープンした「ダイニング&ガーデン パルコ」で実践した“大人の食スタイル提案型レストラン空間”もその一環であったことは言うまでもない。「ダイニング&ガーデン パルコ」の開業は、同時に全館リニューアルのイントロであった。同社宣伝局の高木さんは「バルコが考えるオトナ化とは、感性の成熟化のこと。年齢が若いからといってセンター街の子供たちを排除するのがオトナ化ではない。今後は多面化する渋谷の、中でも最も落ち着いた佇まいのある公園通りにあるパルコの消費スタイルを提案していきたい。リニューアルはその一環である」とパルコ独自の視点を説明する。さらに公園通りとの関係を「公園通りがあるから神南があるとも言える。リニューアルも公園通りという舞台だから、こんなパルコになるという提案になる」(高木さん)と表現する。「渋谷は街そのものがメディア。シンボリックな渋谷としてはセンター街があるが、渋谷はどんどん多面性を持つ街になってきた。今春開業した『ゼロゲート』はビルそのものがメディアであることを提言する先鋭的な部分でもある」と、高木さんは「パルコ」の多角的な戦略を示唆する。さらに“アジアの中の渋谷”にも言及する。「ワールドカップの際にも感じたが、渋谷はアジアのマーケットとつながっている。日本というより、渋谷に憧れて訪れるアジアからの若者が多い。そういった意味でも渋谷は多面性を持った街である」。
今後、段階的なリニューアルを経て、「パルコ」は10月25日に「最終章」を迎える。公園通りの道路整備工事の完成後、同日には新たなショップが登場するのはもちろんのこと、1973年の開業以降初めてエントランス・デザインが一新され、公園通りとつながった一体感のあるエントランスが出現する。さらに、1987年オープンの「パルコギャラリー」がパート3の7Fフロアに移転し「パルコミュージアム」としてグレードアップ(現在のスペースの2倍、約100坪のスペース)する。オープニングでは「篠山紀信展」が開催。日本を代表する天才カメラマンが捉えた東京の写真が展示される。
さらに注目されるのはカルチャーゾーンの地下1階。ここに、音楽ソフトやインテリア、フードを扱う「アプレミディ・セレソン」、インポート雑貨の「ウエストリーム」、日本初登場のベルギービール専門店「カフェ・ベルギービールバー」(同店は深夜2時まで営業)、ワークを基本コンセプトに据えたメンズ・レディースファッション「オイル・バイ・ジェネラルストア」、オリジナルのインテリア雑貨「A2コレクション」など個性的なショップが並ぶ。特に「アプレミディ・セレソン」は、音楽のあるライフスタイルの提案を試み、厚い信頼を集めた「カフェ・アプレミディ」(神南)の日本初のセレクトショップとして話題を集めそうだ。一方、「インターナショナル・パーツ・コレクション」というフロア・コンセプトを掲げる1階には、気鋭デザイナーのクラウディオ・コルッチがディレクターを務めデザイン・カフェ「moph(モフ)」が日本初登場。同店ではフランスの映像クリエイター集団「bdv」とのコラボレートが実現する。最終章として実施される10月25日を機に、「パルコ30周年」を迎えるキャンペーンがスタート。11月には「ダイニング&ガーデン パルコ」の1周年を迎え、アニバーサリー・イベントは来春まで進行する。来年は並行して、パート2、パート3、「クアトロ」などのリニューアルが続く予定。
渋谷パルコ一時期、特定のマーケットに依存した街づくりを進め、その限界が露呈した渋谷。地盤沈下を救う方法として掲げられたのが、渋谷の「オトナ化」と「箱モノ」に頼らない独自のマーケティングだった。近年、渋谷はもとより公園通りでは回遊性に変化があらわれている。「渋谷駅~センター街~109」あるいは「渋谷駅~109~センター街」というコースとは異なる、原宿から入り込む客層を中心とした神南エリアの回遊性である。原宿方面から渋谷に訪れる客層の増加に伴い、「タワーレコード付近が原宿からの移入組との接点となり、オトナ化が進むゾーンである公園通りを軸にそこからセンター街を回遊する層が増えている」(渋谷公園通商店街振興組合・企画部長の松田さん)という見方もある。大小のブランドショップが連なる神宮前からファッションと音楽情報の集積地である神南エリアへの回遊が顕著になってきたことで、公園通りもまた変貌を迫られていたとも言える。
渋谷に集う若者は、実年齢に関係なく消費に関しては総じて成熟した目と豊富な情報を持っている。莫大な情報量を発信する渋谷に遊ぶ若者はそのうちのいくつかを持ち帰り、さらに自分たちが抱える情報を渋谷で発信し、さらに新たな情報が渋谷に集積される。“オトナ化”を目指す渋谷は、彼らの動向に敏感であると同時に、渋谷エリアで細分化が始まっている客層の分析を進めなければならない。大規模な商業施設と小さなショップが共存する多様性が、急速に開けていくジュニアマーケットと同時に20代後半~30代前半の大人が集う側面を促している。渋谷は一筋縄ではいかない客層の広さやマーケットの混沌としたところがまた魅力でもある。
大人へのステップアップを図るエリア、成熟した大人が満喫できるエリアとして「公園通り」自身が「オトナ化」に磨きをかけることは、渋谷エリア全体への大きな波及効果が期待できそうだ。