「ワンテーマ食材系」飲食店には、FC展開を図るファストフード業界からの参戦も少なくない。例えばかに料理専門店「かに道楽」(本社:大阪)の全国チェーン展開。「まぐろ丼」(480円)や「づけ丼」(460円)などを主力メニューにしている「まぐろ市場」のチェーン化など、従来では安定供給が受けにくかった鮮魚マーケットにまで「ワンテーマ食材系」飲食店が広がりを見せており、さらに「まぐろ市場」への三菱商事の資本参加など商社も食指を伸ばす。新たな「ワンテーマ食材系」飲食店のひとつとして水餃子専門店の「故宮水餃(こきゅうすいぎょう)」(初台店、銀座店)がオープンするなど、ひとつの食材に絞り込んだ外食産業は活況を見せている。背景には、流通のインフラ整備、オペレーション化、コストダウンを進めることにより新たなビジネスモデルを推進しやすくなったことが挙げられる。
かに道楽 まぐろ市場 故宮水餃2002年6月、新橋から恵比寿に移転オープンした「ぶた家」は店名通り豚料理の専門店。昨今の“豚ブーム”の牽引者である。料理はバラ、モモ、レバーなど部位の串焼き、バラやロースなど部位の炭火焼きのほかに、豚の蒸し料理や鍋料理、一品料理、ごはん類も揃っている。また、耳、胃袋、シッポなど豚のほとんどの部位を料理に使っているのも特徴のひとつ。「豚は脂っぽい、カロリーが高い、安っぽいなどネガティブなイメージがあったが、意外にカロリーは少なく、実はヘルシーな食材。ポークソティーが、ザルそば一枚よりカロリーが低いことはあまり知られていない。開店のきっかけは、そんな豚を見直そうという狙いがあった」と、店長の宮川さんは4年前に新橋で営業を始めた理由を説明する。同店の豚は山形県「安田畜産」の“庄内特選わんぱくパーク”産。宮川さんはまず「取引を始めた理由は『安田畜産』が安全でおいしい肉を提供するために豚の健康に配慮し、無理に食べさせ太らせるような飼育は一切行わず、豚を大切に育てていることに共感を覚えたから。また作り手の人柄にもひかれ、決定した」と、素材の見極めが大切であることを強調する。同店ではスタッフが豚や米の産地に出向く研修を行うなど「作り手の気持ちを料理に託して伝えるのが店の仕事。畜産家や農家の方とは連絡を密にしている」(宮川さん)という。米や野菜に対しても食材を選ぶ目は厳しい。「自分が外食する際に、食材にこだわりのない店では食べたいとは思わない。肉も野菜も酒もこだわりを持った店で食事の時間を楽しみたいと考えている」と、宮川さんは消費者の視点を大切にする。
“豚ブーム”と称される昨今だけに専門店である同店は、確実に手ごたえをつかんでいる。「牛がダメなら豚、という消去法的な脚光のあび方でなく、狂牛病の発生以前から豚の需要は増えていた。ブランド豚の登場に代表されるように消費者はグルメになり、いろんなジャンルのおいしいものを食べている。ブームの背景にあるのは、豚のおいしさが見直され、またカロリーが高くないことが浸透しつつあるから。豚は今以上に流行ると思う」と、宮川さんは自信を見せる。「実は豚は塩で焼くのがもっともおいしい食べ方だが、他にも豚料理のおいしさを広げるために工夫をしている。客を飽きさせないようなメニュー構成がテーマ。豚は焼くのと、煮るのとではまったく味が異なる。新たな味の発見をしてもらいたい」。
ぶた家「ワンテーマ食材系」飲食店では、“脇役”の食材が“主役”になれる。すでにポピュラーなったにんにく料理の人気店「にんにくや」(恵比寿)。天源寺近くから現在の場所に移転して10数年、誕生してからはすでに20年近くが経っている。数多くある専門店の先駆者であり、チェーン展開していないことから一部では“元祖にんにくや”とも呼ばれている。ウエイティング用に開設された階下のバーでは定期的にハワイアンや沖縄音楽などのアコースティックライブが行われるなど、「行列のできる店」「外国人客の多い店」としても有名。その「にんにくや」に勤めていた現オーナーの田中さんが独立し、2001年、同じ恵比寿に開店したのが「ガーリックダイニング」(目黒区)。場所は「恵比寿ガーデンプレイス」の前の信号を右に折れ、アメリカ橋を渡って目黒方面に少し歩いた左手。サブ店名の「ラ・カサ・デ・アホ」は、スペイン語で「にんにくや」を意味する。
同店ではデザートを除いてすべの料理がにんにく尽くしだが、生のにんにくは使わず、「にんにくを塩に漬けて臭みを抜いてから調理している」のが特長。田中さんは「時代の流れもあったが、にんにく料理というひとつのジャンルを『にんにくや』が一般に認知させたことは凄い。しかし、この先、ジャンルとして残っていくのかと考えた時、さらに進化したにんにく料理が必要なのではないかと考えた」と、開業の動機を語る。「“レストラン”と謳ったことも居酒屋やファミレス以上に専門店としての高い基準を求められているから。前菜、メイン、サイドメニューに分け、レストランとして当たり前のスタイルを確立したい」と、田中さんは意欲を語る。もちろん、プロとしてにんにく料理には一家言ある。「にんにくを利かせるために無闇やたらににんにくを入れれば良いとは思っていない。時にはシンプルに、時には繊細ににんにくを効かせる。にんにくは個性が強いので、押し出していいところと引いたほうがいいところを見極めなければならない。調理のスタイル次第で少量のにんにくでも十分に味わえる。塩加減ひとつ取ってみても当店ではずいぶん抑えている」と、にんにくの微妙な使い方を強調する。“脇役”であったにんにくを使った料理は先駆者の努力で一般に認知され、さらに「ガーリックダイニング」のような本格的なレストランによって新たな進化を遂げているようだ。人気メニューは、日替わりのパエリア(1,800円~)、マグロとアボガドのサラダ(800円)、ガーリックステーキ備長炭グリル(1,800円)など多数。
ガーリックダイニング2002年2月、宇田川町に開店したのが葱料理の「葱や 平吉」。経営は「紅虎餃子房」や「胡同四合坊」など多くの飲食店を手がける飲食店業界の雄「際コーポレーション」(本社:目黒区)。東急の寮を改装した木造の店舗には1階に土間が設けられ、民具がさりげなく置かれるなど田舎家が再現され、「おばあちゃんの家に遊びに来たような感覚」(店長の中野さん)に包まれる。1階はカウンターと座敷、2階の座敷には掘りこたつ式のテーブルが設けられている。常時7~8種類、年間14~15種類の葱を使って多彩な葱料理を展開している。葱は九条葱(京都)、軟白葱(北海道)、下仁田葱(群馬)、深谷葱(埼玉)など、産地が明確で特徴的な葱ばかり。「葱を専門に扱うことで消費者に対して説得力が生まれる」と語る中野さんは、葱に着目した理由を「社長の中島のコンセプトに、“21世紀は野菜の時代”である。“脇役の野菜にスポットを当てる”というものがある。脇役を主役にすることと、トレンドの先読みを店に落とし込んだのが『平吉』である」と説明する。葱は確かに“脇役”の食材だが、ヘルシーさと効用では“主役”を食うこともある。「葱はヘルシーな食材で、昔から風邪に効くとされてきた。医学的にいえば発汗作用に富み、消化を促す食材であることが証明されている」(中野さん)。人気メニューは、甘みを活かして味噌でいただく「葱の黒焼き」(580円)、ホタテの貝柱と九条葱を使ったお好み焼き「京都葱焼き」(900円)、シャキっとした持ち味を活かした「葱の白髪サラダ」(500円)など。メニュー開発は「葱を見て食材からインスピレーションを受ける場合と、料理のコンセプトに合った葱を選ぶ場合がある」と中野さん。
葱や 平吉 際コーポレーション9月25日、青山通りの「青山ダイヤモンドビル」地下に開店したのがふぐと地魚専門店の「助とら」(渋谷)。経営は「ユニマットオフィスコ」(本社:港区)で、「青山ラピュタガーデン」(南青山)がプロデュースを手掛ける。ふぐ料理は高級料理のイメージが強く、若者が手出しできないような雰囲気があるが、同店ではカジュアルな雰囲気で多彩なふぐ料理を味わえることと、ふぐは脂肪分が皆無で、美肌効果を促すコラーゲンを含んでいることなどから、女性に人気を集めている。ふぐ料理といえば「てっちり」や「ふぐ刺し」をイメージするが、同店ではふぐを使った創作料理も数多い。冷たい料理では、焼きふぐ皮のポン酢800円、ふぐヌカヅケ500円、ふぐと京水菜のサラダ1,200円。温かい料理では河豚饅頭800円、ふぐ茶碗蒸し600円。ごはんものでは、ふぐフカヅケ茶漬け700円、焼きふぐむすび500円、ふぐ丼800円など。
助とら今年、特に注目されている「ワンテーマ食材系」飲食店の最たるものは“オイスター・バー”である。“オイスター・バー”という業態は輸入の形態を取っているが、「牡蠣」は日本でも採れ、冬の味覚として親しまれていることから食材に対する違和感はなく、新たな専門店レストランの起爆剤になりつつある。9月25日、恵比寿駅より徒歩2分の駒沢通り沿いにオープンしたオイスター・バー&チャコールグリル「MAIMON(マイモン)」は、世界中から集められた約50種の生牡蠣を提供する本格派のオイスター・バー。1階はカウンター席、2階はテーブル席とカウンター席。生産者直送、漁場直送を基本としながら「本場ニューヨークのオイスター・バーにもひけをとらない種類豊富な生牡蠣」と「魚貝・肉など美食素材の炭火焼」を、ニューヨーク・トライベッカの倉庫街をイメージしたスタイリッシュな空間で提供するダイニングである。経営する「フードスコープ」(本社:港区)では「旨いものと旨い酒を求めて大人が集う、都会の溜まり場」と位置付けている。同社は地鶏料理専門店の「えびす今井屋総本店」(恵比寿)をはじめ都内に11店舗の「今井屋本店」を経営。地鶏専門店の次にオイスター・バーを展開する目のつけどころは、フードベンチャーらしい。
フードスコープ2001年春、松濤にオープンしたのが「TOFU BAR Shigezo SyouTou」。大豆加工食品の製造販売と飲食店展開を営む「篠崎屋」(本社:埼玉県)が運営している。自家製の豆冨(同社では表記を“豆腐”でなく、“豆冨”に統一)や湯葉、豆乳をアレンジした料理が人気の専門店である。従来の“豆腐専門店”が「和」を意識したインテリアを心がけているのに対して、同店ではバリ風のバーカウンターゾーン、沖縄の民家風の座敷をもちいた琉球ゾーン、中2階に広がるヨーロピアンゾーンのなどに分かれている。料理の特長は伝統的な豆冨料理と豆冨を使った創作料理が共存している点にある。カルボナーラ風のソースを使った「カリカリ豆冨のクリームチーズ仕立て」や豆冨や油揚げを巻いた「ベトナム風春巻き」など豆冨の柔軟性を活かしたユニークなメニューが並ぶほか、豆腐のテイクアウトもできるのがミソ。また、「TOFU BAR Shigezo」ブランドで神宮前店、麻布店も展開している。
「篠崎屋」は埼玉県に工場を持ち、関東エリアで直売店「三代目茂蔵豆冨」を展開する一方で、和風ダイニング「茂蔵」(埼玉県)、「茂蔵 酔」(埼玉県)と並行して「TOFU BAR Shigezo」を関東エリアで11店舗展開。店舗の出店について同社本部の中山さんは「当社は外食店にメニュー開発を提案してきたが、『豆冨屋は豆冨だけに専念してくれたらいい』というような意見をいただき、それなら自分たちで店を出し、直接運営してみようということになった」と説明する。「TOFU BAR Shigezo SyouTou」のオープンについては「松濤ではイタリアンレストランの跡を居抜きで使うことになり、当時、若い女性が海外旅行に行きたい場所として東南アジアが人気だったので、空間を東南アジア風に仕上げた。当社では“心地よい裏切り”と呼んでいるが、アジア料理をイメージして来られた方に豆冨料理を出すことで意外性を与えられる」(中山さん)という。狙いはターゲットにぴったり合い、現在20~30代の女性に好評を博している。
篠崎屋今秋10月11日、恵比寿と渋谷に2店舗同時オープンした「空ノ庭」も豆腐料理店。「渋谷店」(桜丘町)は「ワイヤード・ダイナー」の隣、「恵比寿店」は恵比寿駅東口から徒歩3分という格好のロケーション。両店を経営する「フードゲート」(本社:渋谷区)はそば専門店「香り家」(恵比寿)や「ごはんや一芯」(広尾)を展開するフードベンチャー。大阪出身者が多いことから大阪でも豆腐専門店「空野豆腐工房」や和食店「舎利舎利」(ともに大阪市)など数店舗を運営している。その大阪「空野豆腐工房」の豆腐づくりのノウハウを使った東京初出店の専門店が「空ノ庭」である。同店のほとんどの料理に豆腐をはじめ、豆や湯葉、豆乳が使われている。豆乳は毎日、大阪から直送され、店内で仕上げる。人気メニューは豆腐を使ったデザート。一部テイクアウトのできるデザートも用意している。
両店舗の責任者である村上さんは豆腐料理専門店の出店ポイントを次のように語る。「豆腐は日本の伝統食で健康食。専門店化に踏み切った理由は、昨今のヘルシー志向に合致していることと、素材自体はシンプルだが、シンプルだからこそ奥の深さがあることなどがある。以前から豆腐に関心を持っていたわけでなく、『空野豆腐工房』の豆腐を実際に食べてみて、豆腐とはこんなにおいしい食べ物だったのか、日頃食べていた豆腐はニセモノだったのかと驚き、店舗展開を考えた」。伝統料理をあえて現代に持ち込み、しかも渋谷と恵比寿に専門店を同時オープンさせたのか。その理由を村上さんは「100年前からある料理は100年後も残っていると思う。目指すのは飽きない料理で、実は飽きない料理がもっとも難しい。豆腐料理を浸透させるためには、渋谷と恵比寿という近い距離にあっても両方が成り立つくらい認められないといけないと考えた」と説明する。店舗のポイントは「ガヤガヤした渋谷は街の存在感が勝ち、店の存在感が弱い。そこで店の存在感を際だたせることを意識した」という。また料理については「専門店だが、最初から最後まで“豆腐尽くし”にはならないようバランスを配慮している」と、メニュー構成も吟味している。
村上さんは昨今の創作料理ブームを分析し「創作料理はアイデアの組み合わせだが、基本があって初めて成り立つもの。創作であれば何でもいいと間違って捉えられているが、目新しさを売るのではなく、当社では素材自身にこだわることが今、消費者に望まれていることだと判断している」と話す。同時に「女性のヘルシー志向が定着したことで和食のマーケットが広がった。さらに和食が細分化し、ワンテーマ食材系飲食店が生まれたのであろう」と分析を加える。「女性は太りたくないが、おいしいものをたくさん食べたいといつも願っている。ヘルシーにお腹を満たすのが理想。豆腐料理はその真髄。豆腐料理はそれほどクローズアップされていなかったが、日本人の身近にあった豆腐のような食べ物が女性の欲求に応じられる食べ物なのだと思う」。
空ノ庭渋谷店 03-5728-5191 恵比寿店 03-5798-7331和食、フレンチ、イタリアン、中華、エスニック料理など世界中の料理と食材が集まる広域渋谷圏の、ここ数年の潮流を示すキーワードは「創作系」。様々な国の料理や食材が融合した「フュージョン料理」や「創作和食」がポピュラーとなった今日、その対極に位置するように見える「ワンテーマ食材店」も実は“ひとつの食材をいかに多彩に見せ、飽きないように供するか”という課題と可能性に取り組む“創作料理”のひとつという見方もできる。ここでポイントとなるのが「フュージョン料理」や「創作和食」が定番となったことで、それらの料理が持つ“あいまいさ”や“没個性化”が浮き上がって見え、料理での差別化がしづらくなったことである。店のオリジナリティーと料理の個性を打ち出すために用いた“リミックス”の手法が主流になると、次に“リミックス”の精度が問われるようになり、単に「フュージョン料理」や「創作和食」だけではオリジナリティーを発揮できなくなった。「ワンテーマ食材系」飲食店は豚、にんにく、牡蠣、豆腐などひとつの食材を選んだ時点で、すでに店舗の差別化は行われていることになる。成熟した消費者は「何でも揃っているが、何が得意なのかわからない飲食店」よりも「食材を絞り込んでいるが、料理は多彩。店のコンセプトや料理がシンプルでわかりやすい飲食店」「ひとつの食材を追求している専門店」のほうに信頼感や安心感を覚えているようにも映る。
一方、社会的な要因として挙げられるのが食材に対する不信感。産地やブランド、賞味期限の表示など偽って販売する食材メーカーの不祥事が、一部に“ブランド不信”を招いたことは周知の通りだが、一方で高級スーパーやデパ地下では高級食材、ブランド食料品がよく売れている。特に全国各地の人気の産地や農家からの「お取り寄せ」人気は信頼の証でもある。「ワンテーマ食材系」飲食店でも、特定の食材の吟味に厳しいプロの目が光るイメージが伝わりやすく、消費者はこうしたプロの目に信頼を寄せる。ヘルシー志向と厳選素材に対する信頼感を背景に掘り下げたメニューが堪能できる専門店は、不況下にあって大きな差別化を図る装置にもなっている。人気店の短命化や顧客ニーズの多様化、低価格化の進行、チェーン店の進出など、フードビジネス界を取り巻く環境はめまぐるしく変化している。飲食激戦区・渋谷では「ワンテーマ」に特化することで個性を際立たせ、数ある創作料理店から頭ひとつ抜け出す試みが続く。