西原にある「アン・ミュージック・スクール」(TEL 0120-269-349)は、ミュージックスクールの草分けとも言える存在だ。同校は1967年、「アン・ジャズスクール」として六本木で開校した。当時、ジャズを論理的に教えるスクールの登場は画期的だった。1988年、校名を「アン・ミュージック・スクール」と改名した後、1992年、校舎を現在の西原に移転。1974年には京都校も開校しており、これまで多くの実力派ミュージシャンを輩出してきた。同校の学長は、大ヒットを記録したコンピレーションCD 「イマージュ」シリーズにも作品を収める作曲家でピアニストの加古隆氏が務め、学科はギター、ピアノ、キーボード、ベース、ドラムス、サックス、ヴォーカル、作・編曲と幅広い。
同校の特徴は少人数制にある。実技レッスンはマンツーマンが基本で、1クラスは多くても3人で構成される。最初にレベルチェックを行い、同レベルの受講生を組み合わせる。その後も半年に一度レベルチェックを行い、習熟度に応じてクラスやカリキュラムの調整を行う。事務局長の林さんが「最初に受講生の都合を聞いてからカリキャラムを組む」と話す通り、受講生の時間割は全員が異なる。2年制の「マスターコース」では、1年目に基礎的を効率的に修得し、2年目に高度なテクニックや理論を学ぶ。部分的にテクニックを磨いたり弱点を克服したいなど、目的が明確な場合は1年制の「セレクティブコース」も用意されている。その他、社会人・学生など時間的に制約がある人向けには「アベレージコース」が用意され、最短6カ月から受講可能で、その後6ヶ月毎に延長ができる。京都校では、顧客ニーズや満足度の基準を満たしている企業が取得する国際規格「ISO9001」を取得している。音楽系スクールが取得した例は他にないと言う。
同スクールの卒業生でもある林さんは学生の在籍期間について「大体3年間通う人が多い。昨日ギター買った人は2年では上手くならない。2年経ったところがスタートラインで、そこからさらに本格的に取り組みたくなるのが一般的」と話す。実際、長い人は10年間通学している生徒もいるという。在校生の年齢は16歳から55歳と幅広いが、プロ志向の高い同校では20歳代の受講生が最も多い。最近はボーカル科やギター科の人気に加え、作・編曲科の人気も高いそうだ。同校の新学期は4月5日から。
アン・ミュジック・スクール東京校「ミュージック・カレッジ・メーザー・ハウス」(TEL 03-3461-2145)は1983年、池尻大橋近くにオープンした。同校は「受講生のほとんどがプロ志望」(渡辺さん)で、第一線で活躍しているアーティストが直接教えている点が最大の特徴だ。山本恭司氏(BOWWOW)、西山毅氏(ハウンドドッグ)、櫻井哲夫氏、菅沼孝三氏らのアーティストがインストラクターを務めているため、受講生はプロの世界を身近に感じられるのが魅力になっている。渡辺さんは「ティーチングのプロが教えるより、こうしたプロと同じ場にいることで体験的に学べるものがあるはず」とも話し、単に技術を磨くだけでなく、こうした体験からプロ意識を根付かせることも狙いに含んでいるようだ。そのため、インストラクターとのコミュニケーションを図るため、実技は最大でも8名に抑えている。卒業生にはSUGIZO、中村達也(Blankey Jet City)、中西圭一(CRAZY KEN BAND)らがいる。
ボーカル部門は「メーザー・ヴォーカル・ハウス」として独立し、卒業生にはYUTAKA、HIRO、ARATA(F.O.H)、TAKUI、中嶋朋子(フレミング・パイ)ら、数多くのプロ・ヴォーカリストを輩出している。クリエイター育成を受け持つのは「メーザー・クリエイティブ・ラボ」。インストラクターには第一線で活躍するサウンド・クリエイターを迎え、同じくプロの世界を身近に感じられるのが特徴だ。
同校では今年4月、新たに最上級の教育機関として「メーザー・マスター・ラボ」を開校する。同校は「大学でいう大学院のようなところ」(渡辺さん)と話すように、同校終了者だけでなく他の音楽教育機関の修了者をも対象にしている。当初の講座は、メーザー・ハウス主幹の佐藤允彦氏が指導する「即戦力ジャズ・アンサンブル超級クラス」で、アンサンブルを通じてスタジオ・レコーディング、ステージ演奏で要求される実践的な読譜力、表現力を身につけることを主眼に据える。すでに選考試験に合格した10名の入学が決まっており、この中には入学金や授業料が1年間免除される特待生も含まれている。
同校では全体で800名が受講しているが、20代前半が最も多く、最近では「ロック、R&B系の人気が高い」(渡辺さん)という。新学期受講生は4月6日まで受け付けている。
ミュージック・カレッジ・メーザー・ハウス「国立音楽院」(TEL 03-5431-8085)は2003年2月、桜丘から三宿の新校舎に移転した。移転先の校舎はもとフォーライフレコードの社屋で、外観や内装にこだわったデザインが目を引く。テレビドラマのロケ地としても度々使用され、サントリーミステリー大賞の受賞ドラマや「音の犯罪捜査官」などの舞台にもなった。移転に伴い、最新鋭のPAシステムを備えた高さ8メートルのライブスタジオや36室のレッスンルームなどを設けるなど、設備面でも大幅な拡充を図った。この最新鋭の校舎で約900人の学生が学んでいる。
同校では、カリキュラムの自由度の高さが特徴だ。全部で230科目に及ぶ授業科目のうち9割5分以上は自由に選ぶことができる制度で、同校ではこうしたカリキュラムを「オープン・シラバス」と呼んでいる。学科は広範な分野に渡り、ロック、ジャズ、クラシック、純邦楽の各プレイヤー系、クラフト系、クリエイター系、教育系からナレーターや声優などの音声表現、音楽療法、幼児リトミックまでを用意し、将来、何らかの形で音楽と関わりながら「食べていける」道に備える。
同校企画宣伝部長の稲塚さんによると、今、同校で最も人気が高いのは「音楽療法学科」だという。「音楽療法」とは、心身障害者・児や高齢者、ストレスで悩む人々を、音楽を生かしながら癒す、いわば音楽セラピー。音楽療法はまだ国家資格がないが、福祉市場の急速な拡大を背景に、「先行きは明るいと、先取りの精神で希望者が多い状況」(稲塚さん)という。さらに「プロにはなれないが、好きな音楽を仕事に生かせることも人気の背景」だと加える。ただ、音楽療法では法関連から理論、アンサンブルやカウンセリングを含め、学ぶべき科目が多岐に渡り、履修科目は60科目を超える。同校では、0歳児から3歳児を対象に音楽で情緒を豊かにするリトミックに、早くから取り組んでいることもあり、「いろいろなアプローチで音楽と社会の接点づくりに積極的に取り組んでいきたい」(稲塚さん)と話している。
国立音楽院エイベックス・グループは2001年10月、原宿に「エイベックス・アーティストアカデミー」(TEL 0120-70-7071)を開講した。学科はアーティスト養成系のヴォーカル、ダンス、タレント、ボディデザイン、ジュニアの各コースのほか、作家養成のためのクリエイターコース、音楽業界就職希望者のためのミュージックビジネスコースなどを幅広く用意し、全体で1,600名の生徒を抱える。
中でもミュージックビジネスコースは、エイベックスらしいユニークな授業内容で注目されている。同校宣伝広報ルームの林さんは「授業の中で、エイベックスの社員が今までの販売戦略やノウハウを生の声で伝えるのが特色」と話す。「現場感」がそのまま授業に持ち込まれるため、リアリティが増し、理解が早くなる」という。授業では、コンセプトを決めてクリエイターコースの生徒に楽曲を「発注」し、プロデュースのシミュレーションを行うほか、実在のアーティストを課題にエイベックス担当者にプロモーション企画を提案し、優れた企画は実際に採用されることもある。
同校では優秀者を対象とした推薦入社制度もあり、結果として毎年3~4名はエイベックで採用されている。ただ「エイベックスと名前が付くが、囲い込む意識はない。むしろ音楽業界全体を盛り上げるために、卒業後の進路は広く開放している」(林さん)と話す。
2004年の4月生からは、転職などのスピードアップに備えて、従来1年間だった受講期間を半年にし、密度の濃いカリキュラムを提供する。会社勤めなどをしながら週1日で3コマ分を受講し、受講期間の短縮を図る。ただし、就職や転職の状況を考慮して、ミュージックビジネスコースの受講生は高卒以上28歳までに限られる。林さんは「このコースでは、企画をアピールできるチャンスが多い。学ぶよりアピールして夢をつかむ場所。頑張れば頑張るほど夢に近づける環境を提供したい」と加える。同校が校名に「アカデミー」を掲げる背景には、「教えるというより業界が欲している人材を発掘する場も兼ねている」(林さん)ことを挙げ、クリエイターのみならずプロデュース力のレベルアップに期待を寄せている。同コースの授業料は約40万円。
エイベックス・アーティストアカデミー1988年に代々木に開校した「マックミュージックスクール」(TEL 03-3370-4795)は、完全フレックス予約制、完全個別指導というユニークなレッスンシステムを採用する。レッスンは完全予約フレックス制で、自分の好きな時間を利用して受講できるのが特徴。レッスンは授業の10分前までに電話で連絡すればキャンセル可能で、別の日に振り替えられる点は、顧客志向の高さを表している。同校の津久井学長は「教育も商品、(受講生に)受け容れられる商品づくりを目指す」と話している。受講生は4歳から52歳までと幅広いが、社会人が多いのが特徴で、最も多いのが22~32歳。在籍生徒数は620名。
受講生は、楽器や演奏スタイルに合わせて開講された18の学科から、目標に応じてレッスンを受ける。レッスン回数は25、50、75、100、150、200、250回のいずれかから選択し、このレッスン回数を最大24カ月(2年間)のうちに消化するシステムになっている。「初心者がどれかひとつの楽器をマスターするには概ね150回程度のレッスンが必要」(津久井学長)という。「デスクトップミュージック科」や「マニピュレート科」はすでに12年前に開設されている。「四つ打ちなどをしている人の中には、作曲法がわかってない人が多い。ちゃんとした作品づくりのためには、まずコンポーザーを習得して、次に楽器法を学び、その後データを打ち込んでいくのが順当」(津久井学長)だと、作曲法や楽器法習得の重要性を説いている。
最近の受講生の傾向について「以前、歌を習うのは専門的な意識が強かったが、カラオケの普及で、安易に『プロになれるものならなりたい』という意識を抱く入学希望者が多くなっている。ただ、相応に手間と時間のかかるカリキュラムの説明を聞くとひいてしまう」と、同学長は苦笑いする。つまり「早く、安く、格好良くしてくれ」という要望が強いそうだ。「カラオケに行くと、そのうちもの足りなくなり、次ぎにライブに行って『自分もああなってみたい』と感じるのでは・・・」と、カラオケやライブの影響を挙げる。ただ「同校に入学したばかりの受講生が同校でレコーディングしたCDを、後に家で聴くと、想像以上に上手くない自分の歌に相当『へこむ』ケースが多い」(同学長)という。そこで、同校ではライブを数多く開催し、自分の力量をどんどんステージの上で試し、その後どうするかを考える機会を多く与えている。最近は、ギターがやや下降気味の傾向で、恐らく「アンサンブルを見ても、ついボーカルに目がいく傾向が強くなっているのでは」と、ボーカル人気の高さ示唆する。
マックミュージックスクールこの春、ユニークなワンコイン(500円)の「おもしろ体験」イベントを開催するのは宮益坂にある「AtoNO Records(エートゥーナンバーレコード)」(TEL 03-5766-7131)。ワンコインの体験コースは以下の4講座。
中でも(1)の「1日で歌が上手くなる短期集中体験」の人気が高く、初日だけで50本以上の電話があり、急遽講座が追加され、残りは3月17日に1講座(20名)のみとなった。同校の田中さんによると「これを契機に本気で始めてみようかなという人が出てくれば」というのが企画の発端だったと話す。講義は2時間で、ボイストレーニングを中心に集中して行うもので、歌唱は母音と子音にとどめる。ただ、2時間といっても、レッスン後、カラオケに行けば「少し上手くなっていることが実感できるレベルを目指す」(田中さん)という。
同校は、レコード会社が新人を育成しなくなった時代とも重なる1995年、アーティストを育ててレコード化することを目的に開設されたため、スクールとレコード会社が同時に立ち上がった。当初1995年に自由が丘で開校したが、5年前、渋谷に移転してきた。同校ではボーカル、ゴスペル、ダンスの各クラスを提供するが、最近はゴスペルコースの人気が高く、今ではプロ1クラスを含み、全4クラスへの拡充した。特に20代前半の女性に人気があり、他のコースト異なり趣味で通う人が多いのが特徴。受講者数は全部で約300名。
田中さんは「渋谷周辺はミュージックスクールが集積する場所。中規模のスクールがなくなり、今後は大手資本と個人レベルのスクールが生き残るとも言われる」と、業界事情の一端を明かしてくれた。同校でも今後、差別化・個性化を図るため「オーバー60(=60歳以上)の高齢者にレコーディングやCD制作の機会を提供したり、逆に音楽業界でニーズの高い10代前半の才能を伸ばしていくようなクラスの開講などに挑戦していきたい」(田中さん)と、今後の抱負を話す。
エートゥーナンバーレコード渋谷や原宿周辺にミュージック・スクールが多く集積する背景には、周囲にレコード会社や音楽プロダクションが多く、講師陣も集めやすいからだと言われる。一方で、音楽業界も不況の煽りを受け、リストラされた講師陣などが小規模スクールを開校するケースも増えていると話す関係者もいる。いずれにせよ、スクール経営の観点から、各校とも個性化・差別化を図ることは必至の情勢だ。傾向としては、現状の主要顧客である20代に対しては受講スタイルなどの面で利便性の向上を図り、顧客満足度の高いサービスを提供する一方、少子高齢化に向けて、音楽療法やシニア向けレッスンなどの切り口で新たな活路を見出そうとする動きが活発化しそうだ。これまで若者を「上得意」としたミュージックスクール市場を取り巻く環境にも微妙な変化が生まれ始めている。