10月下旬、一冊の本が刊行された。タイトルは「ついていったら、こうなった ~キャッチセールス潜入ルポ~ 」(彩図社、1,200円)というもので、2001年から2002年夏まで約1年半に渡り、雑誌「ダ・カーポ」(マガジンハウス)で連載したコラム「誘われてフラフラ」を元に、加筆・修正したものだ。同コラムは、もともと「勧誘されやすい」経験を活かして多田文明さんが担当した。多田さんは、テレビのエキストラやライター業の傍ら60以上の勧誘先に潜入し、「ダ・カーポ」で37本のコラムを執筆した経験を活かして、「恐らく日本で唯一人」(多田さん)の「キャッチセールス評論家」になった。ちなみに同書には20の潜入ルポが収められている。
多田さんは何故、これだけ多くの勧誘先に潜入できたのか?多田さんに聞いた。「恐らく、声をかけやすいタイプなのでは・・・おとなしそうで立ち止まりやすそうなイメージ」と、自身を分析してくれた。勧誘経験が多いだけに、20代には「騙された」経験も少なくなかったことが、皮肉にも「キャッチセールス評論家」になる契機ともなった。多田さんは、本の冒頭で次のように記している。「声をかけられたら、必ずついていく。電話がかかってくれば、彼らのアポイントを快く了承する。勧誘者との出会いを大切にする生活を心がけた」と。
「渋谷は新宿、池袋と並んでキャッチセールスのメッカ」(多田さん)だと言う。さらに、「ビッグターミナル周辺がメッカになるのは、人が多いため人混みに紛れやすくキャッチしやすいから」と加える。渋谷で多く見られるのは「絵画」「手相」「エステ」系で、路上で声をかけても必ず近くの「拠点」に連れて行き、最終的には何らかの高額商品を購入させるのが目的だ。最初は「手相」で始まっても、最後は高額な印鑑や数珠が登場する。「自己啓発セミナー」系も少なくない。「拠点」も、一時的に場所を借りている場合が多く、「声をかけた」担当者が「拠点」へ案内し、そのまま説明をする場合もあるが、「拠点」では別の担当者が説明するケースが多いという。
「ついていったら、こうなった」(彩図社)では、実際に「ついていったら」どうなるのか?その一例を、多田さんの著書「キャッチセールス潜入ルポ」の中の「『嘘つき無料エステ』に潜入」より抜粋して紹介する。
街を歩いていたら「10分だけ無料エステ、どうですか?」と声をかけられた。
「男でもいいの?」と答えたが、OKということだった。(中略)
歩くこと10分、エステ会場のあるマンションに着いた。個室に通されると、美人のお姉さんが出てきた。(中略)
「かなりリンパが腫れていて老廃物がたまっていますね。でも、このマッサージを受ければ、必ず引き締まった顔になりますよ」いろいろなことを言われながら、顔の右半分のクレンジングとマッサージを受けた。
マッサージが終了し、説明が続く。「ここで美顔器を買っていただくと会員になれるんです。そして格安で他のいろんなエステを受けることができますよ」差し出された料金表にあった美顔器の価格は26万円。
私が購入に前向きでない姿勢をしていると、なんの前触れもなく、「以上になります。お疲れ様でした。今度また、きてくださいね」と終了の宣告を受けた。執拗な勧誘がないのはよかったが「もう顔半分は何もしてくれないのでしょうか」という間もなく外に放り出されてしまった。
2時間後、私はある女性作家に会うことになっていた。そこで彼女に聞いてみた。「実はエステしてきたんです。顔半分ですけどね。どっちか分かりますか?」彼女は悩んだあげく、「こっちかな?」と左半分を指差した。「はずれ。右顔なんですよ」と言うと、いきなり笑われた。「全然分かんない。エステしない方がいいんじゃないの」
こうして、多田さんは数々のキャッチセールスの現場に潜入することで、彼らの実態を把握した上でマニュアル化された手口を見抜いていく。
原宿竹下通り商店会の防犯・交通副委員長を務める新井さんは「原宿では路上勧誘する化粧品・エステ系とスカウト系が多い」と話す。化粧品は30~40万円でエステが絡むと100万円以上、スカウト系は入会金や写真料と題して5~10万円だと言う。原宿では地方からの来街者が多いため「地方ではキャッチセールスに対する免疫がないため、地方出身者は特に誘いに乗りやすい」と加える。特に、エステ・化粧品系は被害も高額に及ぶため、パトロールや放送、横断幕などで注意を呼びかけるものの、決定的な効果を生むには至っていないのが現状だと言う。地元警察と協力しながら、監視カメラも増加するなどの対策を打ちながらも、「路上における勧誘行為を取り締まる罰則規定がない」点も課題に挙げ、渋谷区などに対し条例化の働きかけも行っている。
渋谷駅から程近い場所にある「渋谷区立消費者センター」でも、キャッチセールスに関する相談が後を絶たない。最近の傾向について渋谷区商工課課長の京さんに聞いた。相談軒数が増加傾向にあるのは以下の通り。
(1)若い女性のエステ関係の相談
美顔や痩身など。最初は「タダでツメをきれいにしてあげる」という言葉で勧誘し、最後は高い化粧品などを買わせる。
(2)健康食品、浄水器など健康関係の相談
若者から高齢者まで幅広い世代からの相談が増加中
(3)複合的会員券の勧誘に関する相談
安く海外旅行ができる、割安に映画が観られる・・・などのレジャー会員券の勧誘。入会金、会費と共にさらに高額な商品を買わせることも。
(4)最近は高齢者を対象とする事例も増加
街角で、ひざ・ひじのサポーターを無料で配布し、健康によい話をしていると拠点に連れ込み、羽毛布団などの高額商品を買わせる。
ただ、消費者センターに持ち込まれる相談は氷山の一角に過ぎず、実際のキャッチセールスによる被害数は把握できないと言う。さらに「はっきりと『ノー』を言うことができない人は被害に遭いやすい」と京さんは話す。例えば、にきびで悩んでいたりコンプレックスを持っている人が、美顔の話を聞いて考え込んだりすると、思う壺になる」(京さん)。同センターが配布している小冊子「悪質セールスにご用心」では、「こんな人は気をつけて!」と題して、以下を挙げている。
それでは、悪質なキャッチセールスに引っかからないためにはどうすればいいいか?多田さんにアドバイスしてもらった。
(1)話しかけられたら
「声をかけられても、絶対に足を止めない」のが悲劇を生まないための一番の方策。万が一、足を止めて話を聞いたが、彼らを追い返したくなった場合は、学生、フリーター、求職中などと職業を偽れば、ローンを組めないと思って彼らの方から去る可能性もある。
(2)勧誘場所に入ってしまったら
一般的に勧誘には2~3時間を要するため、時間がないことを強調するのも有効。例えば最初に「1時間しかない」旨を告げ、時間が来たら席を立つ。彼らは根負けするのを狙っているため、はっきりと「やらない」」という意志を貫くことが大事。また、最初に出されるアンケートは、後で説得材料に使われる可能性が高いので、決して本音や実態を書かないことも肝要。
(3)買ってしまったら、入会してしまたら
契約から一定期間内であれば、理由を問わず一方的に契約を解除できる制度として「クーリング・オフ」が設けられている。期間は、書面等でクーリング・オフできることを知らされた日(契約日)から8日以内。これは、キャッチセールスのように、消費者が冷静な判断をできないまま不必要な商品やサービスを買わされる危険性が高いことから制定された。
だが、街頭キャッチセールス側も、法の目をかいくぐるように次々と新手の勧誘を仕掛けてくる。普段は、こうした勧誘に冷静に対処できる自信がある人でも、いざ、自分が声をかけられると、彼らの巧みな話法に、ついつい引き込まれてしまう可能性がゼロとは限らない。相手の手口を知り、悪質なキャッチセールスに対する心構えを普段から持っておくことが、最大の予防策となる。