渋谷パルコ・パート1「ロゴスギャラリー」(TEL 03-3496-1287)では昨年に引き続き「オンライン古本屋」をテーマにしたイベントを開催している。今年のタイトルは「オンライン古本屋的 '60~ '80sクロニエル ~これが僕たちのクラシック~」で、10月16日から29日までの開催。ユニークな品揃えと店主の個性で人気を集めるオンライン書店(一部リアル店舗)8店舗が、このイベントに向けてセレクトした古本がギャラリーに並ぶ。参加店舗は「杉並北尾堂」「オヨヨ書林」「書肆月影(しょしつきかげ)」「ハートランド」「ブービー・ブックストール」「文雅新泉堂」「ユトレヒト」「れいど・ばっく」「チャチュカブックス(web目録のみの参加)」といった、いずれも個性派揃いの古書店ばかり。
企画・運営を担当するパルコ宣伝局プロモーション担当の野辺田さんによると「ロゴスギャラリーでは、女性店主による古本屋のイベントを2年前に開催するなど『古本』の分野に以前から注目していた。昨年は、若者の間でも古本への注目が高まっていることと、まだ珍しかったオンライン書店の存在をリアルな世界に持ってきたらどうなるのかという視点からイベントを行ったが、内容としては古書店の顔見せ興行的なものだった。今年は『1960年代~1980年代』というテーマを設定し、文学、芸術、建築、社会からファッション、風俗、芸能関係まで幅広いジャンルの古本をセレクトした。各店毎のブースは設けず年代別にレイアウトし、よりわかりやすく古本を配置したのが今年の特徴」と話す。「街の古本屋さんは敷居が高くて誰もが入りやすい訳ではない。パルコはオープンになっているので、誰でも気軽に足を踏み入れることができる。デザインの斬新さなど、新刊にはない面白さを持ったテーマパーク的存在にしたい」とイベントへの抱負を話す。
イベントと連動して、今年は古本屋の開業をテーマにしたセミナーの開催が予定されているのも新しい取り組み。10月26日、パルコ・パート2内の「パルコ毎日カルチャーシティ渋谷校」で、オンライン古本屋開業セミナー・開業運営実践講座「オンライン古本屋の作り方」(毎日カルチャー会員:3,300円、一般:3,500円)が開かれる。当初は15時から1回の開講予定だったがすでに満員のため締め切られ、新たに18時からの講義が増設された。講師陣には、イベントに参加している「杉並北尾堂」「うさぎ書林」「電脳書房」などオンライン古本屋を代表するオーナー達が名を連ね、開業までの準備から仕入、宣伝方法、発送業務、集金、顧客管理まで、「開業後、必ずぶつかる疑問を解消する」ような実践的な内容になっているという。「梱包材はどうしたらよいとか、集金の伝票はどう書くべきかなど、始めてみなければ分からないことが意外と多い。そうした細かい部分までレクチャーする予定のため、冷やかし半分では来てほしくない」(パルコ事務局)と、講座の専門性の高さをアピールする。
講師のひとりでもある「書肆月影」店主、大塚清夫さんは、オンライン古書店運営のポイントを聞いてみた。
1. WEB上の情報更新頻度
1週間も10日も更新がないと顧客が来なくなる。商品の差し替えがなくても、何らかの形で情報を更新し続けることは大事。大塚さんは「店主のたわこと」という日記を通じて情報の更新を手掛けている。
2. ジャンルに対するこだわり
様々なタイプの書店が増えていることを背景に、専門家が進んでいる。こうした中で、総合店とは異なり、ジャンル的に自店がどこまでこだわりをもって差別化を図ることができるかが問われる。
3. まめな応対
注文を受けたら少なくともその日のうちにメールを返すといった、基本的な顧客対応が大事。注文したのに何も返事が無く、1週間ほどしたら突然商品が送られてくるケースもあるそうだ。やはりオンライン商法だけに、顧客へ安心感を提供するという、商売の基本も極めて肝要。
オンライン古本屋の開業希望者には、またとない機会となりそうだ。
同イベントの参加店舗であり主催者でもある「杉並北尾堂」店主、北尾さんに話を聞いた。「『古書』と呼ばれるものは、概ね戦前~明治・江戸時代のものを指すことが多く、値段も張るものが多い。古本は、ここ20年~30年前のもので極端に高くないものがひとつの定義になっている。比較的安価で手に入れやすいことや、60年代~80年代のものが人気を集めるのは今日のインテリアブームなども背景に、若い人たちは雑貨やオブジェ感覚で古本を購入している人も多い」と、若者にも浸透しつつある古本カルチャーについて考察を加える。「横尾忠則や中原淳一、ディック・ブルーナ(ミッフィーの作者)などの作品が再評価され、復刻版としてたくさん出版されている。それらに興味を持った人たちが、復刻版ではなくオリジナルを欲しいと思い、古本を購入しているケースが少なくない。古本にサブカル本やアート本が多いのは、時代を超えやすいジャンルだからではないか」と話す。「店主側も、古本を扱うことで本に詳しくなるだけでなく、独自の品揃えでカラーが出せたり、自分なりの価格設定ができたり、仕入のために海外に行けたり、また顧客と直接やりとりができたりと、本1冊からいろいろな要素が生まれるが、これが新刊本だと、流通がしっかりしていることや定価が設定されていることが問われることから、こうした要素は省かれてしまう。この点が、古本を供給する側としても面白いところ」と北尾さんは古本店主の魅力を話してくれた。
杉並北尾堂同イベントの魅力は、20代~50代まで幅広い年齢層のオーナー達が集まったことで、各オーナーによりセレクトされた本はジャンルも年代も多岐に渡り、感性のぶつかり合いが感じられる点。「普段は各々、独立したオンライン古本屋として営業しているが、会期中は『ロゴス書店』として自分たちのオリジナリティを打ち出し、大型書店にはない面白さを伝えたい」(北尾さん)という。時代別にみると、60年代のコーナーでは寺山修二、深沢七郎、森茉莉などのオリジナル本が中心に並んでいる。80年代のコーナーでは、植草甚一、和田誠などの人気が高く、「平凡パンチ」「ポパイ」「GORO」などの雑誌も多く並ぶ。今は無き出版社の本も数多くあり、古本ビギナーでも気軽に楽しめるイベントになっている。
ロゴスギャラリーオンライン古書店からリアルショップに展開するケースも少なくない。2002年11月に代官山のマンションの一室に事務所兼ショップとしてオープンしたのは、60年代から現代に至る絵本やビジュアル本などを取り扱う「ユトレヒト」(TEL 03-3463-2345)。ロゴスギャラリーでのイベントにも参加している1店だ。同店はもともとオンライン古本店であり現在もそのサイトは運営されているが、実際に手にとって見たい顧客を中心に、今ではリアルショップとしての人気がすっかり定着している。
スタッフの江口さんは「以前、会社員だったころ、休日になると古本屋によく足を運んでいた。当時はインターネットが始まった頃で、ネット上で個人が店を持つ動きもあった。そうした経緯が重なり、オンライン古本店をオープンさせた」と当時を振り返る。商品構成は古本、新刊の区別がなく、全体的には古本6割、新刊本4割だという。「新刊には程度のよさや定価のまま売っているといったメリットがあり、古本にはデザインや内容が今見ても新鮮だったり、今手に取ることで改めて価値があると考えられる本だったりと、それぞれにメリットがある。双方を織り交ぜることで、例えば新刊を見て同じ著者の古本を見ることもできるなど、大型書店にはできない提供スタイルが可能になる。取次を通さない良さはこうしたところにある」と江口さんは加える。
また、同店はギャラリーも併設し、クリエイター達の発表の場も提供している。同ギャラリーでは10月26日まで、イラストレーターの鈴木いずみ氏よる「こつぶっく・めもぶっく」展を開催しており、同28日から11月9日までは、アンクル・トリスの生みの親として有名な柳原良平さんの「柳原良平の装丁」(DANVO刊)の刊行を記念した「柳原良平装丁」展が行われる。同書巻末インタビュー「我が装丁回想録」は江口さんが手掛けており、ページに入りきらなかった部分を「我が装丁回想録 完全版」として購入者に限りプレゼントする特典も用意されている。
ユトレヒト古書、新刊本を巧みにミックスさせ、独自性を打ち出す「セレクトショップ」化が進んでいる。今年3月、裏代官山にオープンした「洋書ハックネット代官山店」(TEL 03-5728-6611)は、インテリア、建築、グラフィックなどのデザイン関連のビジュアル洋書を取り扱う専門店。店内にある洋書はヨーロッパのものが中心で、新刊書籍、絶版本、展覧会図録など、全て直接仕入を行い、直接販売をするというスタイルをとっている。加えて、海外の書店をそのまま日本へ持ってきたような空間演出なども行い、業界からも高い注目を集めている。
代表の安岡さんは「デザインや設計を手掛けていたので、自分自身がデザイン要素の高い本を必要としていた。しかし日本には、そうした本を取り扱う書店がなかったことがオープンのきっかけ」と開店の経緯を明かす。さらに「取次を通さず出版社と直接取引をすることはコスト面でのメリットがあることに加え、常に鮮度が高い本を提供することが可能な点にある。デザイン要素が高く世界各国から発信される最新の情報をきめ細く提供することを第一に考えると、出版社から取次、書店へといった日本の通常の流通経路を辿ることは難しかった」と安岡さんは続ける。現在、同店の取扱出版社、仕入先は世界16カ国300社以上にも及び、常時5,000タイトル以上もの本が書棚に並ぶ。「新刊本を直接流通させることは、本をセレクトする感受性といった部分だけでなく、出版社とのやりとりなど経営的能力も問われる。本を目利きする才能、資金力、ビジネス力といった3つの要素がうまく交わらないと、ビジネスとして成り立ちにくい」(安岡さん)と、古本店経営の厳しい一面についても語ってくれた。
同店では、セレクトされた書籍にスタッフの感想を交えたリコメンドが添えられていたり、内容を説明できるスタッフが常駐するなど、本の「ホームドクター」を目指すという。また店頭の書籍には全て独自の透明なカバーが施され、常にきれいな状態で提供しているのも特徴。現在はフランスのレトロフューチャーなものが中心となっているが、10月後半から11月にかけては、ヨーロッパのブックフェアで仕入れたアートブックが大量に入荷する予定だそうだ。
ハックネット2002年9月、目黒川沿いにオープンした「COW BOOKS(カウ・ブックス)」(TEL 03-5459-1747)は、古書を中心に販売をしているブックストアで、「自由」というカテゴライズで様々なジャンルの本を取り扱っている。95%が古書という同店のラインナップは、7割が和書、3割が洋書といった比率になっており、本のほかにTシャツやバッグなどのオリジナルグッズも販売している。店長の吉田さんによると「年代、ジャンル、和書・洋書の区別をせず、また、有名・無名問わず著者のメッセージ性が高い本を紹介していきたい。そうした本を提供することを念頭に置いた結果、古書が中心のラインナップになった」と話す。
ただ古いからとか、珍しいからといった観点でのセレクトはせず、あくまで「街の本屋さん」を目指すという同店だが、感度の高い愛好家たちの来店は後が絶えない。「約2,000冊の本が随時入れ替わっているが、本屋としては決して多くはない数字。ただ、この数はスタッフが内容まで把握できる数字でもある。どういう本が読みたいとか、何を探しているとか、来店客とコミュニケーションを交わしながら提案するにはこの位に数と、この位の規模が最適」と吉田さんは話す。
また、本と一緒に仕入れてきた世界各地のポストカードを同店で購入することができ、切手の販売や同店独自のポストも併設されているので、その場でハガキを出すことも可能。ハガキにはオリジナルスタンプを押してくれるなど、本以外の楽しみも満載だ。「ブックカフェ」的要素も併設されており、中川コーヒー焙煎のコーヒー販売も行っている。ホットコーヒー(300円)、アイスコーヒー(400円)など。
COW BOOKSブックカルチャー人気は、専門店を超えた領域へも進出している。今年5月、大幅なリニューアルを実施したHMV渋谷6階の「ラウンジ&ニューエイジ」コーナーとHMVサイト(http://www.hmv.co.jp)では、10月18日から11月24日まで、ヨーロッパを中心としたファッション&アート・マガジンの最新号からバックナンバーまでを取り揃えたHMV「インディペンデント・マガジン&ブック・フェア」を開催している。同フェアでは、海外本のディストリビュートをはじめ、雑誌の発行やアートブックの出版、海外の本、古着や小物、レコードなどを展示・販売を手掛け、ディープ・ギャラリーを主宰する「フィクション・インク」とのコラボレーションにより実現した。
HMV渋谷フロアマネージャーによると「HMVのリニューアルでは、インテリアをナチュラルカラーのフローリングにしたり、木目調に仕上げた什器を使用したりと、店舗という概念を超えた生活音楽を提案するリラクゼーション空間を意識した。その一角に、音楽回りのコトやモノを取り上げていく企画コーナーを設け、今回は音楽と本というアートなものをミックスさせることで、五感を使ったリラクゼーション空間を演出でき、流行りのアートを実体験できるイベントを目指した」と話す。
パリのインディペンデントな出版社から発行されているファッションマガジンの「PURPLE」(2,450円)、「SELF SERVICE」(2,800円)、「FRENCH」(2,280円)の最新号とバックナンバーを中心に、「CRASH」(1,450円)、「STYLE」(1,400円)などのファッション・カルチャーマガジンや、ポストカード、Tシャツ、小物などが取り扱えられている。会期中の特典として、HMV渋谷かオンラインストアにて対象商品を購入すると、先着100名(合計200名)にHMV限定「GUIDO CREPAX」の缶バッチがプレゼントされる。同フェアのみの貴重なアイテムで、まだ若干の在庫がある。
HMV取材の過程で、ある書店関係者から「本屋のオヤジ」と言う言葉に出会った。これを言い換えると、「本という果てしなく奥の深いカルチャーの造詣のある中年男性」とも言い換えることができる。大型書店に代表されるような日本独自のマス流通により、どの書店でも同じ本や雑誌が並ぶメカニズムに古本や洋書で立ち向かい、個性あふれる書店づくりに没頭する店主の姿には、逆にどこか惹かれるものがある。ブックカルチャーは、あくまでも店主個人のセンスに依るところが大きく、結果としてその品揃えが店の個性を生み出している。インテリアやファッションとも融合しながら街をますます面白くするブックカルチャーは、今後ますます多様化しそうだ。センスあふれる個性溢れる「本屋のオヤジ」の活躍に期待したい。