不妊治療患者をはじめ不妊・不育で悩む人をサポートするセルフサポートグループ「NPO 法人 Fine (ファイン、以下「当法人」)」は、2024年9月~10月に、岡山県在住の方を対象に「保険適用後の不妊治療に関するアンケート2024 岡山」を実施し、461人の回答を得ました。
この度、岡山県の当事者より不妊治療の経済的負担や仕事との両立について相談があったことをきっかけに、岡山県の不妊治療施設の協力も得て、岡山県内の不妊治療施設を受診されたことがある方、これから受診される方を対象に調査が実現しました。
この調査では、岡山県において妊娠を望む当事者が、仕事と不妊や不育症治療の両立ができる社会を確立する一助になること、また社会や職場での当事者の現状を把握し、必要なサポートを明確にすることを目的としています。調査は不妊治療費助成金制度の利用状況と患者の経済的負担、仕事と不妊治療が両立困難な理由、職場にある不妊治療をサポートする制度の利用状況などについて行ないました。さらに2023年に当法人が全国で実施した調査「仕事と不妊治療の両立に関するアンケート2023」の結果と、どのような違いがみられるかを比較しました。
調査の背景・目的
保険適用後の不妊治療患者の置かれている現状を把握し、よりよい支援制度を実現するためにはどのようなサポートが必要かを明確にする。その結果を岡山県の行政機関に報告し、岡山県の患者一人ひとりが納得のいく治療を受けられる環境を整える。
調査概要
本調査は、データをWEBアンケートにより収集し、自由回答を含む43問にて実施しました。
調査結果
<調査結果のハイライト>
● 自治体等が実施している助成金制度が「ある」と回答した人は38%
● 仕事と不妊や不育症治療の両立が困難で「退職」を選んだ人は32%
● 職場で「不妊や不育症治療をしている」ということを周囲に話しづらく感じている人は77%
● 職場に不妊や不育症治療をサポートする制度等がある人は19%
● 職場に不妊や不育症治療をサポートする制度等がない人の37%が「退職」を選択
※調査結果の詳細については、こちらをご覧ください。
調査結果の意義・インパクト
この調査結果は、全国レベルの調査では見えてこない、地方に住む当事者の声を明らかにしたものです。岡山県、医療機関、学校、企業、当事者団体のすべてのステークホルダーが「子どもを授かりたいと願う人が治療を受けやすい環境を作る」という共通の目標を作り、環境改善のために検討していただくことが必要と考えます。連携を通じて、岡山県は出生率の向上と企業の労働力確保を実現できるだけではなく、不妊当事者を支える地域モデルとして全国に発信できると考えています。
調査概要
<1>自治体等が実施している助成金制度が「ある」と回答した人は38%(Q11)
- 自治体等が実施している不妊治療費助成金制度の有無については、「ある」(38%)、「ない」(37%)、「知らない(わからない)」(26%)でした(Q11)。<グラフ1>
- 自治体等が実施している不妊治療費助成金制度を利用したことがある人は30%、ない人は71%でした(Q12)。しかし、助成金制度が「ある」と答えた人に絞ってみると、72%が助成金を利用していました。<グラフ2><グラフ3>
- 助成金を利用していない(しなかった)理由のトップは「受けている不妊治療が助成の対象ではない」(48%)、次いで「制度を知らなかった」(40%)でした(Q13)。<グラフ4>
※上記結果につきましては、グラフ集P3~6もご参照ください。
グラフ1
グラフ2
グラフ3
グラフ4
全国調査との比較
- 不妊治療費助成金制度が「ある」と答えた人は全国では71%、自治体等が実施している不妊治療費助成金制度を利用したことが「ある」と答えた人は全国では59%と、どちらも岡山県の方が少なかったです。
- 利用しなかった理由のトップは同じですが、2番目に多いのは、岡山県では「制度を知らなかった」、全国では「所得制限を超える」でした。
※ 岡山県における不妊治療費助成金制度がある市町村の割合(令和5年(2023年)4月現在)
https://www.pref.okayama.jp/uploaded/life/858537_8154677_misc.pdf
・特定不妊治療(体外受精及び顕微授精):59%
・男性不妊治療:52%
・一般不妊治療(人工授精等):26%
・不育症治療:78%
・不育症検査:22%
<2>仕事と不妊や不育症治療の両立が困難で「退職」を選んだ人は32%(Q28)
- 仕事と不妊や不育症治療の両立が困難で働き方を変えた人は27%でした(Q27)。働き方をどのように変えたかは、「退職」(32%)、「休職」(14%)、「転職」(14%)でした(Q28)。<グラフ5>
- 「その他」(29%)には、「勤務時間を短くしてもらった」「役職を変えてもらった」などがありました。<グラフ6>
- 働き方を変えた理由は、「急に・頻繁に仕事を休むことが必要」(83%)、「精神的に負担が大きい」(69%) 、「通院回数が多い」(67%)、「 診察・通院に時間がかかる」(61%)で、時間的負担と精神的負担が上位でした(Q29)。<グラフ7>
※上記結果につきましては、グラフ集P7~9もご参照ください。
グラフ5
グラフ6
グラフ7
全国調査との比較
- 両立が困難で働き方を変えた人は、全国では39%で、岡山県の方が少なかったです。
- 働き方を変えた人の中で退職した人の割合は、全国では39%で、やや岡山県の方が少なかったです。働き方を変えた理由については、ほぼ同じ傾向がみられました。
<3>職場で「不妊や不育症治療をしている」ということを周囲に話しづらく感じている人は77%(Q32)
- 職場で「不妊や不育症治療をしている」ということを周囲に話している人は66%、話していない人は34%でした(Q31)。<グラフ8>
- 職場で「不妊や不育症治療をしている」ということを周囲に話しづらく感じた人は77%、話しづらく感じなかった人は23%でした(Q32)。<グラフ9>
- 職場で「話している」と答えた人に絞ってみると、70%が話しづらく感じており、職場で話したが、話しづらかった人が多いことがわかりました。その理由で多かったのは、「不妊や不育症であることを伝えたくない」(69%)、「周囲に心配や迷惑をかけたくない」(60%)、「妊娠しなかった時、職場にいづらくなりそう」(55%)でした(Q33)。<グラフ10><グラフ11>
※上記結果につきましては、グラフ集P10~13もご参照ください。
グラフ8
グラフ9
グラフ10
グラフ11
全国調査との比較
- 全国調査と比較すると、ほぼ同じ傾向で、差はほとんどありませんでした。
<4>職場に不妊や不育症治療をサポートする制度等がある人は19%(Q34)
- 職場に不妊や不育症治療をサポートする制度等がある人は19%、ない人は62%、わからない人は19%でした(Q34)。<グラフ12>
- サポート制度がある人の制度の内容は「休暇・休業制度(不妊や不育症治療が病欠・休職、有給扱いにされるなど)」(89%)が圧倒的に多く、次いで「就業時間制度(不妊や不育症治療による時短・フレックスタイム、正規からパートタイムなど雇用形態の一時的な変更が認められるなど)」(23%)でした(Q35)。<グラフ13>
- 職場に不妊や不育症治療をサポートする制度等があれば「使った(使おうと思う)」人は66%でした(Q36)。<グラフ14>
- 「使わなかった(使おうと思わない)」と回答した人(34%)の理由は、「不妊や不育症治療をしていることを知られたくない」(45%)、「制度が社内で周知されておらず、職場の理解を得るのが困難」(36%)、「制度が使いづらい(事前の申告が必要で急な通院等には対応できないなど)」(28%)でした(Q37)。<グラフ15>
※上記結果につきましては、グラフ集P14~17もご参照ください。
グラフ12
グラフ13
グラフ14
グラフ15
全国調査との比較
- 全国調査と比較すると、休暇・休業制度がある職場は全国では79%で、岡山県の方が多かったです。一方、就業時間制度(時短・フレックスタイムなど)がある職場は全国では34%で、岡山県の方が少なかったです。
- 制度を使わなかった人の割合は、全国とほぼ同じで、その理由のトップも同じでした。
<5>職場に不妊や不育症治療をサポートする制度等がない人の37%が「退職」を選択(Q28×Q34)
- 職場に不妊や不育症治療をサポートする制度がない人は、仕事と不妊治療の両立が困難で「退職」を選択した人が37%でした。
- サポートする制度がある人は、「休職」(48%)を選択した人が一番多く、「退職」は14%にとどまりました(Q28×Q34)。<グラフ16>
- 不妊や不育症治療をサポートする制度についての意見を自由記述で聞きました。
- - 一番多かったのは、休暇・休職制度の充実でした。具体的には、「不妊治療のための特別休暇や休職制度の導入」「半休や時間有給の制度の充実」「夜勤の免除」などがありました。
- - 「無給の休職制度に対して、少しでも給与が出るようにしてほしい」という要望もありました。
- - 「いつまで治療が続くか分からないし、年休がなくなったらどうしようと不安だった」という声もありました。
※上記結果につきましては、グラフ集P18もご参照ください。
グラフ16
<6>自由記述コメントより
- 不妊治療に関するコメントは178件ありました。
- - 「保険診療の回数制限の撤廃」
- - 「保険適用の対象を増やしてほしい」
- - 「助成金を出してほしい」
- - 「仕事と不妊治療の両立が難しい」
- - 「PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)を保険適用にしてほしい」
- - 「県内の不妊治療クリニックが少ない」
- - 「精神的につらい」
- - 「不妊について知ってほしい」などでした。
- 国や社会に対してのコメントは188件ありました。
- - 「不妊治療に対する経済的支援の拡充」
- - 「治療を受けやすい職場環境の整備」
- - 「社会的理解の促進」
- - 「若年層向けの教育や健康診断の推奨」などでした。
- お住まいの自治体に対してのコメントは98件ありました。
- - 約7割が「助成金」への要望。
- - 次に多かったのが、「情報提供」「不妊治療や養子について知る機会」や「助成金制度の周知」を希望。
<7> 回答者のプロフィール
グラフ17
理事長 野曽原誉枝のコメント
岡山県において不妊治療を受けている当事者の声を集めた結果、3つの課題が浮き彫りとなりました。
まず、全国平均に比べて助成金制度の認知度や利用率が低く、一番多い理由は「受けている不妊治療が助成の対象ではない」で、助成金の対象拡充の声が多数ありました。特に岡山県で人口が多い岡山市と倉敷市では、特定不妊治療(体外受精及び顕微授精)、男性不妊治療、一般不妊治療(人工授精等)のいずれもが助成対象ではありません。また「制度を知らなかった」という当事者も非常に多く、せっかくあるサポート制度が有効に使われていないという事実が明らかになり、早急に啓発、認知度向上の必要性があることもわかりました。
次に全国と同じく岡山県内の当事者の多くが、治療と仕事の両立が難しいと感じていました。実際に職場に不妊治療のサポート制度がある人は19%と低く、結果的に「退職」を選ばざるを得ない当事者が多いのも大きな課題です。企業に優秀な人材が定着すれば、生産性と競争力の向上によりマーケットが拡大する可能性もあります。仕事と不妊治療が両立できる環境、柔軟な働き方ができる環境を整備することにより、岡山県が「働きやすい地域」として認知が進み、岡山県外からの人材確保にもつながります。
最後に、当事者以外の人に不妊や不妊・不育症治療についての正しい理解が進んでおらず、当事者の精神的な負担が高く、孤立感を助長していることが明らかになりました。この課題は岡山県だけのものではありませんが、地域の結びつきが強い地方だからこそ、他人の目や意見が気になる場面が多く、不妊治療をしていることを言い出せない状況が生まれているのだと感じています。地方社会での「世間体」や「他人の目」を変えるためには、まず不妊治療が珍しいことではなく、自然な選択肢の一つであると広める必要があります。不妊治療の実態や当事者の声を地域で共有する活動が増えれば、少しずつ偏見が減り、言いやすい空気が作られるのではないでしょうか。
今回のアンケート結果で得られた当事者の声を行政・企業・医療機関に届け、すべてのステークホルダーが連携し、より包括的で効果的な取り組みについての働きかけが必要です。不妊や不妊治療に関わる啓発、認知度向上、仕事と治療の両立モデルの構築と導入支援、地域コミュニティでのサポートネットワーク支援など、幅広く総合的に取り組むことは、地方の活性化と持続可能な社会の実現につながります。また単に不妊治療の支援にとどまらず、「働きやすい環境」や「人を育て、活かす県」としての魅力を発信する機会となります。地方のコミュニティは単なる「結びつき」ではなく、支え合う「温かなネットワーク」へと変わる可能性があります。岡山県の不妊治療中の当事者の孤立感を軽減し、地域社会全体の幸福度を上げることが必要と考えます。