89回目となる「忠犬」ハチの慰霊祭が4月8日、渋谷駅・ハチ公前広場で開催された。
ハチは1923(大正12)年に秋田・大舘で生まれた秋田犬。生後2カ月の頃に渋谷町大向地区(現在の松濤エリア)に住んでいた東京帝国大学教授上野英三郎博士に譲り渡され、上野の出勤時に渋谷駅改札口まで送り迎えをしていた。1925(大正14)年に上野が急逝した後も約10年間毎日渋谷駅の改札前で上野の帰りを待っていた姿が1932年(昭和7)年に新聞で取り上げられ、全国的に知られるようになった。
1934(昭和9)年には、全国から寄せられた寄付金で「忠犬ハチ公像」が建立。1944(昭和19)年に日中戦争から太平洋戦争の戦況悪化に伴う金属回収運動の高まりから同像も供出。戦後から3年たった1948(昭和23)年8月15日に、戦後復興のシンボルとして、2代目となる現在の銅像が再建された。
慰霊祭は例年、ハチの命日である3月8日の1カ月後に開催。今年は例年より桜の開花が遅れていることもあり、広場に植えられている大館から寄贈された「しだれ桜」が咲き誇る中、渋谷区や大館市の関係者らが参加し祭典に臨んだ。来賓あいさつの後、金王八幡宮の比留間広明宮司らにより、祝詞奏上、玉串奉てんなどの祭典が行われ、最後に忠犬ハチ公銅像維持会の星野浩一会長と長谷部健渋谷区長がハチ公像に花輪をかけた。
長谷部健区長は「ハチ公は多くの人の思いが寄せられている渋谷の守り神。シティプライドが集まっていると感じている。地元だけでなく、多くの皆さんと一緒に愛し、感謝しながら盛り上げていきたい」と意欲を見せる。
コロナ禍が落ち着き、連日外国人観光客を中心に写真を撮るために行列ができているが、星野会長は「一生懸命維持・管理してきて良かった」と喜び、「これからも地元としてハチ公の存在を大切にしていきたい」と話す。
初代ハチ公像を制作した彫刻家・安藤照の長男で、2代目・ハチ公像を手がけた安藤士(たけし)さんの長女・淳子さんは、「ハチ公の魂と痛ましさに感銘・感動を受けて、これだけ日本・世界中の方からアイドルのように愛されている。初代を作った祖父の照さんはじめ、ハチ公が一番びっくりしているのでは。私も秋田犬を飼っているが、本当に賢くて自分に注目が集まっていると分かる。ハチ公自身も注目が集まっているって喜んでいると、愛犬家としては思う」と笑顔を見せ、「このまま平和の象徴であれば」と期待を込める。
渋谷駅周辺は大規模な再開発が進んでおり、同像も設置場所が変わる予定となっている。淳子さんは「進化していくことは文明なので止められないし喜ばしいと思うが、残っていかないといけないものもある。この先渋谷が同展開されていくのか分からないし、どこに設置されるのかちょっと不安には思っているが、ずっとここで待ち続けていた子、渋谷駅と切っても切れないので、ここにいて見守ってもらえたら」と話し、星野会長は「一番ふさわしい場所を皆で選んでいきたい。銅像だけでなく、広場の植木にある2代目を作ったときの記念碑も一緒に置けるように運動していこうと思っている」とも。