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渋谷駅前・忠犬ハチ公像を掃除 モデルの秋田犬・ハチ生誕100年に向け

ハチ公像を拭く(左から)渋谷区観光協会の小池ひろよさんや渋谷区の本間洋行

ハチ公像を拭く(左から)渋谷区観光協会の小池ひろよさんや渋谷区の本間洋行

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 一般財団法人渋谷区観光協会が12月14日、忠犬ハチ公像を中心とした渋谷駅前広場の清掃活動を行った。

ハチ公像と写真を撮る人たち

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 新型コロナウイルス感染症が流行する以前は、「ハチ」の名前にちなんで毎月「8」が付く日に同所の清掃活動をしていた同協会。約2年ぶりとなった今回は、来年、銅像のモデルとなった秋田犬「ハチ」が生誕100年を迎えるに当たり、渋谷区とハチの出身地・秋田県大館市が連携する記念事業の「キックオフ」の意味合いを込めて行った。

 この日は、同協会のスタッフと渋谷区産業観光文化部の職員計8人が9時から30分程度実施。銅像は雑巾で乾拭きしたが、腹周りや台座とのつなぎ目などを中心に汚れが目立った。広場はたばこの吸い殻や飲食物の空のパッケージなどが見られたが、早朝に地域の人たちがボランティアで清掃活動をしていることもありほとんどごみは落ちていなかった。

 ハチは1923(大正12)年に大舘で生まれ、生後2カ月の頃に渋谷町大向地区(現在の松濤エリア)に住んでいた東京帝国大学教授上野英三郎博士に譲り渡され、上野の出勤時には渋谷駅改札口までの送り迎えをすることが日課となっていた。1925(大正14)年に上野が急逝した後も約10年間毎日渋谷駅の改札前で上野の帰りを待っていた姿が1932年(昭和7)年に新聞で取り上げられ、全国的に知られるようになった。1935(昭和10)年3月8日に11歳で病死した。

 銅像は、全国から寄せられた寄付金で1934(昭和9)年に建立。1944(昭和19)年に日中戦争から太平洋戦争の戦況悪化に伴う金属回収運動の高まりから「忠犬ハチ公像」も供出。戦後から3年たった1948(昭和23)年8月15日に、戦後復興のシンボルとして、2代目となる現在の銅像が再建された。現在は待ち合わせスポットや観光名所として全国的に知られるほか、ハリウッドで映画化されるなど世界的にも知られている。

 この日も朝から銅像と写真撮影する人たちの姿が見られた。観光協会理事兼事務局長の小池ひろよさんは「戻ってきた外国人(旅行客)の方などにも、銅像があるということだけでなく、(ハチが)どういう子だったのかなど歴史なども知ってもらいたい」と言い、「100年を機に、もっとハチの深い話を未来に伝えつないでいくことが求められているので、頑張りたい」と意気込む。

 渋谷区産業観光文化部産業観光課長の本間洋行さんは「ハチをきっかけに渋谷に来てくれる人も多く、普段見慣れていてもこういう(写真撮影をする人が集まる)光景を見ると魅力があるシンボルであり物語なんだと感じる。それが渋谷の玄関口である駅前にあるのは観光資源としても価値がある。100年を機に改めてハチの物語を発信して区の子どもたちにも知ってもらうことで、区長が言う『シティプライド』の醸成や観光名所としてさらに発展し、地域の店などが栄えたら」と期待を込める。

 生誕100年事業は、渋谷区・大館市・渋谷区観光協会・一般社団法人秋田犬ツーリズム・忠犬ハチ公銅像・秋田犬群像維持会が9月に発足した実行委員会が「ハチ公生誕100年プロジェクト」として準備を進めている。来年6月以降辺りから取り組みを行っていく予定で、渋谷ではハチに関する観光ツアーや同プロジェクトの記念ロゴを使った商品などを検討している。

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