災害時に帰宅困難者を「一時退避場所」に誘導する「矢印サイン」を街中に設置する「シブヤ・アロー・プロジェクト」が8月30日、始動した。
区民約22万人に対し、昼間人口が53万人を超える(2015年、国勢調査より)渋谷区。2011年の東日本大震災時には約10万人が帰宅困難者となり、駅前のハチ公広場などに滞留したという。2020年の東京五輪・パラリンピックに向けさらなる来街者の増加が見込まれる中、区は帰宅困難者対策を喫緊の課題として挙げている。
そうした中で昨年3月、地元協議会は発災直後の滞留者の混乱防止を目的に官民が連携してソフト・ハード両面の対策を整備する「渋谷駅周辺地域都市再生安全確保計画」を策定。発災時、来街者が被災時にいた場所を一時的に離れ帰宅困難者支援(受け入れ)施設が開設されるまでの間、安全にとどまれる場所「一時退避場所」に、明治神宮や代々木競技場の屋外敷地、青山学院大学などを設定した。
「シブヤ・アロー・プロジェクト」は、一時退避場所の位置を来街者に知らせ・誘導する「矢印サイン」を設置する取り組み。来街者に認知を図るためには「日頃から注目を集めることが重要」であることやSNSなどでの拡散を狙い、アート性の高いデザインに仕上げる。「矢印」をアイコンにすることで外国人旅行客にも分かりやすくなると考えた。ディレクターには、音楽プロデューサー・編集者・選曲家などで活動し、矢印(避難誘導サイン)をブランディングするアートプロジェクト「Rock n’ARROW project」を展開する桑原茂一さんを任命した。
今回設置したのは2カ所。複合施設「渋谷キャスト」(渋谷区渋谷1)前の歩道には、東恩納(ひがしおんな)裕一さんの「アローツリー」(高さ4メートル、うち植え込み60センチ)を設置。葉っぱのように矢印を付け樹木をイメージしたスチール製のオブジェで、てっぺんには「自然災害を予知する」といわれている鳥型のプレートを付けている。東急ハンズ渋谷店の近く、井の頭通りとオルガン坂がぶつかる丁字路の角にある渋谷区清掃事務所宇田川分室(宇田川町)外壁上部に設置したのは、ヒロ杉山さん(エンライトメント)が手掛けた「チューブアロー」(全長12メートル×高さ2メートル弱)で、出力と半立体を組み合わせたピンク系や緑のポップなカラリーングの矢印になっている。
一緒に掲出する看板には、「アローツリー」=青山学院、「チューブアロー」=明治神宮・代々木公園が近くの一時退避場所であることを日・英・韓・中(繁・簡)の4カ国語で表記すると共に、サイン掲出場所からの代表的なルートを示した地図を記載している。年内には、ファイヤー通りを原宿方面に進み明治通りにぶつかる手前、みやしたこうえん横のJR山手線高架下に、アートディレクター森本千絵さんの作品を設置する予定。
主に来街者向けの取り組みで区民税を投入するには限度があるため、区の商店会連合会や三師会、商工会議所、ロータリークラブなどで構成する実行委員会がプロジェクトを推進する。区は共催とし、本年度は1,500万円を予算案で計上しているが、来年度以降は企業や個人から募る賛同金で活動資金を確保したい考え。サインは繁華街を中心としたビル外壁や電柱などへの掲出を検討している。
同プロジェクト大西賢治実行委員長は「(帰宅困難者対策は)多くの来街者が楽しむターミナル駅の街としての責任がある。いろいろな方に参加してもらい、続けて認知してもらうためのスタート」と話す。
区長就任前、5年近く前からこの取り組みを構想していたという長谷部健渋谷区長は「5年、できれば3年くらいの勢いで数百単位の矢印サインを街中にあふれさせたい」と意欲を見せる。「矢印をモチーフにTシャツやキーホルダーなど渋谷土産を作るなど、プロジェクト内で資金を回せるようになるべく早くこのプロジェクトを進めたい」とも。
桑原さんは「かねてアートと防災が一緒にならないかを考えていた。いざという時に思い出せる、記憶に残すためにアートは有効なのでは。そこから『渋谷に行くと矢印が気になるよね』となり、『命を守るアートなんだ』とつながるようになれば」と期待を込める。