特集

W杯観戦だけでは生き残れない!?
渋谷・恵比寿スポーツバー事情

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■「この盛り上がりは2002年のときよりすごい」

 日本代表イレブンがカイザースラウテルンスタジアムのピッチに入場するシーンが120インチプロジェクターに映し出されると、満席の店内の客は、両手を頭の上で叩いた。2006年6月12日、全員がテレビを食い入るように見つめる中、ワールドカップ(W杯)ドイツ大会、日本対オーストラリア戦が始まると、ひときわ大きな歓声が店内を包み込む。恵比寿のスポーツバー「FootNiK」 (恵比寿1、TEL 03-5795-0144)のスタッフは、バーカウンターの中からほとんど青一色に染まった客席を見渡し「この盛り上がりは2002年のときよりすごい」と感想を漏らす。

 老舗の一つでもある「FootNiK」の店長、日高さんは「スポーツ一辺倒ではやってこれなかった」と話す。同店は1996年高田馬場に開店、マスメディアでも度々取り上げられ、外国人も集まる英国パブ式スポーツバーとしての地位を固めていた。スポーツ観戦を全面に押し出した同店ではW杯が開催されていない時でもヨーロッパリーグやJリーグの試合を常に流し、学生やコアなファンが集まりサッカー談義を交わす拠点になっていった。当時は、スポーツバー自体が珍しかったと日高さんは振り返る。

 そんな同店は2001年に現在の恵比寿に移転。高田馬場ではその客層ゆえ、熱狂的なサッカーファン以外の客足が遠のいてしまい、経営を続ける上で客層を変える必要があると決断したのがその理由だという。恵比寿では木目を基調とした落ち着いた内装にし、リラックスして飲食ができるよう飲食メニューを充実させ、さらに英国パブとしての色を強く打ち出した。その結果、「昼は家族連れが、夜は仕事帰りのビジネスマンが気軽に立ち寄る場面も増えてきた」(日高さん)という。もちろん、スポーツバーとしての機能も温存され、店内に設置された4台のテレビではサッカー中継を頻繁に流し、試合のある日は東京ヴェルディ1969のサポーターが集まり、試合を肴にビールを流し込む姿もよく見られるという。

FootNiK

■ターゲットに応じて多様化する渋谷のスポーツバー

 「FootNiK」の開業から10年。スポーツバーも日本に定着しつつあるが、本場アメリカやイギリスのそれとは多少違いがあるようだ。まず店内に置かれているディスプレイのサイズ。50インチテレビが家庭にあるのが一般的なアメリカのスポーツバーでは100インチ以上のディスプレイは当たり前。中には、数フロアの高さに相当する映画館のスクリーンの様な巨大プロジェクターを備えるスポーツバーもある。収容人数も100人以上であることはざらだ。

 また、野球、アメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケーと、年間を通して中継するスポーツに困ることはなく、プロリーグのみならず大学リーグも人気が高い。スタジアムに観戦に行けなかった地元スポーツチームのファンが集まり、ビールを飲み、ピザを食べながら騒ぐ場所。それがアメリカにおけるスポーツバーだ。ニューヨークで生まれ、22年間生活していたジョー・クガさん(33)は、スポーツバーに行くと吸い込まれる雰囲気があり、まるでスタジアムに行って応援しているような一体感があったと話す。

 土地柄、そのような大規模な店舗を作るのが難しい渋谷周辺で、どのスポーツバーも「レストランとして料理を充実させるのが大前提」と口を揃える。「ただスポーツ中継が見ることができるバー」であるだけでは、渋谷では生き残ることはできないのだ。


 渋谷パルコ近くにある「The Maple Leaf」(宇田川町、TEL 03-5784-6778)。2年半前にカナダ人のオーナーがオープンした同店は50インチクラスのディスプレイを2台設置し、サッカーのほかに北米のプロアイスホッケーリーグの試合を流す。暖かい木目調の壁にはアイスホッケーチームのユニフォームや用具がびっしりと飾られ、控えめの照明の中に立つバンダナにTシャツのバーテンダーが醸し出す雰囲気は北米の典型的なスポーツバーに瓜二つだ。

 店内に備えられたグリルで焼かれたハンバーガーなど、本格的なカナダ料理を提供する同店は、外国人が客層の半分以上を占めるという。また、スポーツチームのミーティングなどにも使われ、毎月1回、英語のコメディーショーも行われる。「重要なのはマーケティング戦略」と話す同店店長のスチュワートさんは、雑誌にクーポン券を積極的に出し、メーリングリストやホームページを駆使してのイベントの告知にも余念がない。

The Maple Leaf

 マーケティングでは他のスポーツバーも負けていない。サッカー用品店「KAMO」の地下にあるスポーツバー「Estadio」(宇田川町、TEL 03-5784-5488)は「大人のスポーツバー」をテーマに、落ち着いた雰囲気を演出しているのが特徴だ。今回のW杯観戦イベントも他のバーと異なり、スタンディングを廃止。全員が席に座り、ゆったりとした雰囲気の中で料理を楽しみながら試合を観戦するというスタイルを打ち出している。同店の中村さんによると、利用客から「渋谷にこういう店があって助かる」と言われるなど、感触は良いという。

Estadio

 一方、6月1日に渋谷センター街にオープンしたスポーツバー「OWL」(宇田川町、TEL 03-5459-3733)は渋谷の若年層を取り込むため、店内の内装を寒色でまとめ近代的なイメージを演出した。4台のディスプレイに加え、雑誌や無線LANなどを備え、店員も比較的若年層が多い。店長の楢崎さんは、「渋谷と言う無機質な街で、皆で熱く応援できる一体感を味わってもらえれば」と話す。

■日本独自「チケット制」の背景にあるものは

 海外と日本のスポーツバーの違いの一つにチケット制がある。W杯の日本戦など混雑が予想される試合当日は、事前に店に入場するためのチケットを購入する必要がある。海外ではほとんど見かけないこのシステムの背景には何があるのだろうか。「FootNik」では日韓W杯時、チケット制を設けなかった。結果道路まで客が溢れ出してしまい警察から注意を受けてしまったと日高さん。今回はチケット制を導入した事で前回のような混乱は無く、客が全員入店後、シャッターを半分閉めることで、テレビ局が中継を入れたほど賑やかな店の外は驚くほど静かだった。

 有料チケット制にはもうひとつ大きな理由がある。来店客がアルコール類を何杯も注文する海外のバーではドリンク代だけでも商売が成り立つが、一杯のビールで何時間も粘るのが一般的な日本ではそうもいかない。スチュワートさんは「店が満員でも利益が出せないこともある」と本音をこぼす。「FootNik」や「The Maple Leaf」では、W杯の日本対オーストラリアの試合観戦イベント時にドリンクを手に持たずに試合に熱中する客の姿が多く見受けられた。

 それでも10年前に比べて、徐々にではあるが、日本と海外のスポーツバーは近くなってきていると日高さん。「FootNiK」では、利用客同士でカップルが生まれ過去に数組結婚したり、仕事を失った者が別の客に雇われるケースなど、店を始めた当時は予想もしていなかった「出会い」を生んできたという。「スポーツを媒体としての情報発信や出会いができる場所として、スポーツバーが日本の文化に根付いていってくれれば」と、日高さんは笑顔でスポーツバーの未来に希望を託している。

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