最近では「インテリア・ストリート」とも呼ばれる目黒通り沿いに「ホテルニューメグロ」が建設されたのは1969年(昭和44年)。今年で開業34年を迎える同ホテルがリノベーション(=再生)し、「新しいスタイル提案の融合」をコンセプトに、「クラスカ」(TEL03-3719-8121)として9月15日に再出発する。場所はJR「目黒」駅から約2キロの車で5分、東急東横線「学芸大学」駅からは徒歩約10分の距離にある。同ホテルの総合プロデュースは、コーポラティブハウスを多数手掛けている創業12年のベンチャー企業、都市デザインシステム(本社:渋谷)。運営は同社と、外苑前の「OFFICE」などのカフェを手掛けるトランジット(本社:港区)が協業で手掛ける。建築デザインはインテンショナリーズ(代表:鄭秀和)、家具ディレクションはt.c.k.w(代表:立川裕大)、インスタレーションアートはイギリスのグラフィックグループトマトを起用するなど、他分野のクリエイティブ力を結集した最新鋭のアートなホテルでもある。
同ホテルのディレクターは都市デザインシステムの広瀬さん(30)が務める。「入社したときからホテル経営を手掛けたかった。しかもリノベーションという形で実現してみたいと思っていた」と話す。地元の目黒区出身でもある広瀬さんは「ここ数年の目黒通りはインテリアショップの出店を中心に目を見張るほど変化を遂げているのを目の当たりにしてきた。家具やインテリアの街で終わらずに、もっとリアルな東京を感じられるポテンシャルの高い空間を作りたいと思ったのが、この計画のきかっけ」。「最初の計画では、宴会場を備えたごく一般的なホテルのカタチだったが、それでは当初の目的であるリノベーションではなくただのリフォームで終わってしまう。馴染みもあり、土地勘もある、この地域に足りないモノは何かを試行錯誤して考えた結果、ホテル クラスカが生まれた」と広瀬さんは続ける。
広瀬さんがリノベーションにこだわるのは、大学生の頃、表参道にある同潤会アパートの建て替え計画に関わったことが背景にある。単に新しいモノに建て替えるのではなく、街の財産として何とかこのカタチを残せないかという声があった。建築を学んでいた広瀬さんもその考えに賛成だったが、そこに長年住んでいるお年寄りからは建物の老朽化がひどいため、建て替えを希望する人が少なくなかったという。結果、同潤会アパートは『全面建て替え』という方向に進んだ。こうした経験も踏まえて、古きよきモノを残しながら建物に新たな息を吹きかける『リノベーション』という分野に対する興味が高まったと言う。
その広瀬さんの考え方に賛同したメンバーの一人が、運営を担当するトランジットの中村さん(32才)。中村さんは最初からプロジェクトメンバーに入っていた訳ではなかった。「外苑前にある店のお客さんは意外とこの近くに住んでいる人が多く、目黒通りは飲食店が少なくカフェでもあればいいのに、という要望から『OFFICE』2号店のプランが浮上した。物件を探していたところ人を介して今の物件に巡り合い、今年5月、同ホテルから程近い場所に『OFFICE目黒営業所』をオープンさせた。こうした経緯の中で、たまたま近くにできる「クラスカ」には知人も関わっていたため挨拶に行ったのがきっかけで運営を担当することになった」と中村さんは振り返る。「リノベーションホテルをイメージした時に、N.Y.のハドソンホテルなどが思い浮かんだ。それは『ホテルのロビーを遊び場にする』こと。ホテルの顔でもあるロビーにDJブースを取り入れるだけで、普段とはひと味違う遊び場が演出できる。こうした形態のホテルは日本では初めての試み。『ホテルで遊ぶ』という文化に挑戦したい」と加える。「ホテルのロビーで遊ぼう」をコンセプトにしたラウンジ空間「The Lobby」は22時から翌朝4時まで毎日DJが入り、毎週金曜日はホテル主催のパーティーが開催される。ただしこちらは会員制で、有名DJを迎え音楽を愉しむ大人の遊び場として注目が集まる。
世田谷で人気のトリミングサロン「Dog Man」も、中村さんのこうした試みに賛同した。同店は1997年に6坪の小さな店舗からスタート。「この犬種にはこのカット」といった既成の概念に囚われない自由な発想で、犬に一番似合うスタイルの提案をしてきた姿勢が口コミで広まり、いつの間にか予約が数ヶ月先まで埋まる人気店になり、その後17坪の店に移転した。その同店が「クラスカ」のオープンに合わせ1階に移転してくる。マネージャーの宗像(むなかた)さんによると「『クラスカ』ではより多くの方に『犬』を知ってもらいたい。犬を飼っている人も、今まで犬に興味がなかった人も犬に直接触れ、コミュニケートすることでもっと『犬』を伝えたい」と話す。また「ガラス越しに犬を見ることで、飼い主は普段飼っている時には気付かない点を発見することもある。例えば、家では元気な犬も人前ではおとなしかったり、逆のパターンだったり・・・。こうした発見は、犬とのよりよいコミュニケーションを生む。トリミングにはそんな可能性がある」と加えた。
各階の空間デザインにも、既存のホテルでは出会えない斬新な試みが採り入れられている。4~5階はどれひとつとして同じ間取りの部屋はないという9部屋の客室が用意され、各室には高速インターネットインフラや衛星放送対応のフラットテレビ、DVDプレイヤー、CDプライヤーなどが完備されている。さらに6~8階は長期滞在用のレジデンシャルルーム27室が用意され、ライフスタイルに合わせて内装や一部仕様が変更でき、すでに約半数近くが埋まっている。2階にはアート展を中心にファッションショーや試写会など各種イベントの開催が可能な「Gallery CLASKA」が開設される。現在は、TOKION主催によるNYD『New York Dirty』が9月19日まで開催。9月27日から10月10日までは「ディズニー・グッズ・ラボラトリー・東京」が予定されており、ディズニーにインスパイアされた25ユニットのアーティストによる展覧会が開催される。また1階には「Dog Man」の他に、今春、大阪から代官山に初進出したビジュアル主体の専門洋書店「HACKNET」が「essence」という名称で出店するなど、カルチャーライフを存分に楽しめる新しい複合ホテルを目指している。
「クラスカ」というユニークな名称は、「どう暮らすか?」といったテーマを反映したもので「自分たちのテイストを押しつけるのではなく、一緒にホテルを作っていきませんか?」という呼びかけの意味が込められているそうだ。もともとネーミングにこだわりのある広瀬さんが、学芸大学駅付近の東横線の電車の中ででひらめいたと明かしてくれた。こうした軽やかな感性が、まさにこのホテルを生み出したと言えそうだ。様々なライススタイルが交わり、つながり、広がるこの空間は、今までになかった「遊べるホテル」として希少な存在価値を予感させる。駅前からはちょっと離れた隠れ家的立地も背景に、感度の高いオトナ世代から高い支持を受けそうだ。
クラスカ代官山にある古着屋「Rosie(ロージイ)」が、2店舗目となるショップをオープンさせた。今年5月にオープンした「m.b.deals(エム・ビー・ディールズ)」(TEL 03-3715-0145)は、1930年代から1970年代のイギリスを中心としたモダン・デザインとインダストリアル・デザインの家具や雑貨を取り揃えたショップ。同店は、前述の「クラスカ」から程近い場所にある「m.b.deals building」の1階にある。同店の商品は、キャビネットにテーブル、イスや照明などの他に、スピーカーやタイプライター、陶磁器製品や当時のファッション雑誌など、趣味性の高い雑貨類まで400点近いアイテムが並ぶ。「部屋に置かれることによって、小さな幸せが生まれるモノを」をテーマにしており、初心者でも扱いやすいイギリスのアンティークや、単品で置いても部屋にも馴染みやすいものをセレクトしているのが特徴。
オーナーの古谷さんによると「小さい頃からUK音楽を聞いていて、それがイギリス好きになったきっかけ。21才の時に初めてイギリスに行き60年代の家具や洋服を見て現代のモノのルーツを感じた。それ以来、イギリスとその年代のモノにこだわっていて、そうしたモノをたくさん紹介したい」と話す。また「イギリスは世界一DIY(=Do It Yourself)が発達しており、一度手に入れたモノが壊れたときは自らの手で直す。そういったイイモノを大切に使うイギリス人の心にも共感できる」と古谷さんは続ける。「この周辺のショップのスタッフたちはみんな仲がいい。お客様に他の店を紹介することもしばしば」(古谷さん)。こういった連携プレーが可能なのも、目黒通りという新しい感性の集まりだからこそ成し得る技と言えそうだ。
同じビルの2階に今年5月29日にオープンしたのがカフェ「OFFICE目黒営業所」(TEL 03-5725-0865)。同店は、外苑前で人気カフェ「OFFICE」の2号店で1号店同様、店内にはコピー機、ファックス、モジュラージャックが装備されているほか、無線LANを備えるなど「お茶をしながら」仕事ができる環境を用意した。前述の通り、運営するトランジットは「クラスカ」の運営も担当している。近隣をはじめ、目黒通りの裏道にある場所柄、週末は目黒通り沿いのインテリアショップ巡りをした人の利用客が多いのもが特徴。マネージャーの會澤さんは「外苑前は『待ち合わせカフェ』として使われるほどオモテの雰囲気を持っていた。今度は隠れ家っぽい落ち着いた雰囲気をもった店がやりたい。目黒通りから少し入っただけで、それが実現した」と話す。
同店のオススメは、會澤さんの名前からついた「アイアイナシゴレン」(980円)、「ハンブルグステーキプルーン」(1100円)、「お麩とバッドのゴルゴングラタン」(900円)などである。いままであった洋食屋のメニューにアジアンテイストがプラスされ、オールジャンルのメニューになった。「目黒通りには代官山や中目黒のような派手さはないが、個人の面白い人たちが自発的に集まって新しいカルチャーを生みだすような雰囲気がある。地域的に活性化するムーブメントのきっかけになればいい」と會澤さんは話す。同ビルの地階にはエキシビションやイベントなどのためのレンタルスペースをあり、新しい感性が行き交う集合体として注目を集めている。
オフィス中目黒営業所今でこそ「おしゃれな街」といえば上位にランクされる代官山や中目黒。だがその地域も10年前は閑散としたものだった。目黒通りは今まさに、進化の過程にあるエリアでもある。3年程前から増殖し始めたインテリショップは50店を下らないという。そのおかげで人の流れが少しずつ動き始めたが、このエリアに不足しがちな飲食店舗、ファッション店舗の出現が、進化の鍵を握ると話す関係者もいる。「クラスカ」の出現は、このエリアをどのように変化させていくのだろうか。