渋谷橋~天現寺橋間約1キロメートルの道路拡幅整備工事が間もなく終わろうとしている。これにより、この間の渋滞はほとんど見られず、車道の両側は各4.5メートルの歩道で整備され、電線も地中に埋められるなど、歩行者にとっては快適なストリート環境が間もなく完成を迎えようとしている。全工程の終了期限は2004年度が予定されている。
この間の明治通りは恵比寿ラーメン激戦区の一端も担っていた。九州博多に本店のあり「行列のできる店」としても有名なラーメン店「一風堂恵比寿店」が明治通りに沿いに関東1号店を出店したのは1995年4月のこと。当時の明治通りには、広尾1丁目交差点近くにある人気店「らーめん丸富」以外、ほとんど飲食店の影がなかった。経営する「力の源カンパニー」(本社:福岡市)のマネージャー、吉田さんは当時の出店背景を次のように話す。「明治通りを狙った訳ではなく、関東初の路面店として、当時『ラーメン激戦区』だった恵比寿に白羽の矢を立てて物件を探した結果、現在の立地に至った。当時は、まだ「とんこつ」ラーメンがまだ受け容れられていなかったこともあり、恵比寿出店はまさに力試しの場所だった」と振り返る。同社では、恵比寿店の成功を契機に店舗を拡大し、現在では関東エリアだけでも10店舗を展開している。
一風堂1997年6月には、今でも明治通りでは数少ない物販系の路面店が登場した。店名は「テレパシールート」。デッドストックものを中心にTシャツ、ポロシャツ、スニーカーなど、こだわりのあるアイテムが所狭しと店内に並ぶ。オーナーの高野さんは「他のセレクトショップと差別化を図るため、原宿や代官山とは異なるエリアとしてこの場所を選んだ」と言う。同店で取り扱うアイテムはストリート系ファッション雑誌でも頻繁に採り上げられているため、目的客が多いと言う。
テレパシールート1999年1月には、広尾1丁目交差点近くの「らーめん丸富」の隣に「レストランカーディナス」がオープンした。同店は、近くにある系列店「フミーズグリル」に次ぐ2号店で、当時としては珍しいカリフォルニア・キュイジーヌをテーマとしたメニュー構成で、渋谷橋・天現寺橋両交差点の中程にありながら、あっという間に人気を集めた。経営を手掛けるエーディエモーションでは以後、同店を基本コンセプトにした店舗拡大を図り、今では都内に10店舗を運営している。
エーディエモーションこのストリートに新世代のレストランが集積する契機となったのは、「一風堂」並びにあるフレンチレストラン「salut(サリュー)」の登場。オープンは2002年4月。店名の「salut」は、フランス語で「やぁ」「じゃぁね」といった気さくな挨拶言葉に由来している。同店は、乃木坂で名高い「レストラン馮」のシェフ・森本秀和氏と、マネージャーの鳥山由紀夫の出会いから生まれた店。ディナーメニューは、前菜、メイン、デザートを、各々7~8種類の中から選ぶプリフィクススタイルで、どれを選んでも5,000円という明快な価格設定となっている点が特徴だ。中でも前菜メニューでは、オープン時から変わらない「とこぶしとうにのエスカルゴ風グラタン」が安定した人気だと言う。
マネージャーの鳥山さんによると、出店に際しては「最初は青山・西麻布・広尾・代官山あたりで探していたが、条件面等で折り合わず、結果としてたまたま見つかったこの場所に決めた」と話す。さらに、開店後に感じたことのひとつに「JR恵比寿駅が最寄り駅であることのメリット感」を挙げる。同店でも森本シェフの料理を目当てに、神奈川など遠方から足を運ぶ目的客も多く、埼京線や湘南・新宿ライナーなどが乗り入れるJR恵比寿駅から徒歩5分といったロケーションは、リピーターの確保にも大いに貢献しているようだ。同店の顧客は20代後半から40代の女性で、予約が最も早く埋まるのは金曜日で2週間先まで埋まっているという。
サリュー/TEL 03-5791-2938「サリュー」の隣には2002年11月、オーストラリアン・フュージョン・キュイジーヌ・レストラン「148HIROO」がオープンした。築72年の一軒家の民家を再生した同店の2階フロアは、古い梁や柱を活かしたレトロな雰囲気を醸し出している。料理はオーストラリアの珍しい香辛料を使ったものが多く、ユーゴスラビア人の若手シェフが腕を振るっている。さらに今年4月にはリストランテ・エ・ピッツェリア「da IVO(ダ・イーヴォ)」が登場した。明治通りに面した間口の広い開口に、アーチ型のファサードが目を引く店内ではイタリア人シェフが、ナポリ伝統の薪窯でピッツァを焼いている。
今年3月、オーガニック系のパティスリー&ブーランジェリー「PAN-YA Z'S」がオープンした。同店では天然酵母と国産小麦を使ったパンを店内で製造・販売しており、クロワッサンやベーグルなどの人気が高い。開店約 4ヶ月を経てエリアでの知名度も上がり、毎日限定10個のランチボックス(600円)は近所で働くOLなどにあっと言う間に売り切れると言う。店内にはテーブル席も用意され、買ったパンを温めて食べることができるため、同店の坂口さんによると「週末は犬の散歩がてらに立ち寄る客も少なくない」そうだ。このエリアではテイクアウト系が少ないだけに、「普段使い」できるこうした店は貴重な存在となりつつある。
PAN-YA Z'S/TEL 03-5789-3643さらに今月7月7日、「PAN-YA Z'S」と同系列店「Z'S」が「OSTERIA DEL Z'S」としてリニューアル・オープンを迎えた。「オステリア」はイタリア語で居酒屋、大衆食堂の意味。店内はオープンキッチン風のレイアウトで、シェフとホールの距離が近く、来店客との会話が気兼ねなくできる空間が特徴となっており、大型プロジェクターなども備え暖かみのあるスタイリッシュな空間が広がる。料理長を勤めるのは28歳(1975年生まれ)の大島慎也さん。大島さんは主に北イタリアで修行の後、帰国後、銀座「資生堂ファロ」で経験を重ね、同店の料理長に抜擢された。料理のテーマは「フレッシュ&ネイチャー」で、素材にこだわったイタリアンを展開する。大島さんは、同エリアでは唯一生パスタを使用する他、デザートにも力を入れるなど、独自のメニューづくりに意欲を見せている。
同店のプロデュースは、料理専門誌「ARIGATTO(アリガット)」の元編集長、佐藤巧三さんと空間プロデュース・映像制作などを手掛けるゼオが共同で手掛けた。佐藤さんは、レストラン・フードビジネス専門のプロモーション&プロデュース会社「カシェット」を経営する傍ら、今年6月からwebマガジン「週刊フーズアソシエ」の編集長も務めている。明治通りにオフィスを構える佐藤さんによると「この通りは、かねてから飲食店経営者の間で『石つぶし通り』と揶揄されていた不幸な歴史をもつ。店を出しても絶対に失敗すると言われてきた」そうだ。「最近では『サリュー』『ダ・イーヴォ』共、日曜日のランチ、ブランチ、そしてディナーともにほぼ席が埋まっている。どこから客が来ているのかと思うほど」と、その変貌ぶりを語ってくれた。
OSTERIA DEL Z'S/TEL 03-5447-5553「OSTERIA DEL Z'S」の隣には昨年9月に「Borderless Cuisine Dining ZERO(ゼロ)」がオープンした。同店は飲食業出身の三浦さん、アパレル出身の梅田さん、モデル出身の川添さんの友人3人が手掛けている。もともと友人関係だった3人が30歳を契機に「自分たちの店を持ちたい」想いが高まり、各人が出資して同店のオープンにこぎつけた。同店はオープンエアの一見カフェ風の空間だが、気軽に入りやすい洋風居酒屋となっている。
出店場所については「当初から恵比寿に絞って探していた」(川添さん)と言う。「恵比寿は大手資本より個人資本の店が多く、しかも食の激戦区。どうせなら激戦区に出店し、逆にここで生き残れれば他に出て行く自信にもつながる」(川添さん)のがその理由。来店客層は7~8割が女性で、客単価は3,000~3,500円に抑え、オープン以来リピーターづくりに積極的に取り組んでいる。さらに女性客向けにデザートにも力を入れており、クリームブリュレやとろけるプリン(各480円)などの人気も高く、今月からテイクアウトも始める。川添さんは「恵比寿と広尾の中間地点に位置するこのエリアでは、雨が降ると客足が落ちるのが課題」とも付け加えてくれた。
Borderless Cuisine Dining ZERO/TEL 03-3473-91232002年5月、天現寺橋交差点近くにオープンしたのがお好み焼き店の「ぼちぼち」。同店店頭には目印となる「真っ赤なポスト」が置かれ、店内は「レトロフューチャー」をコンセプトに昭和の下町を再現した空間が特徴だ。メニューも「本場大阪」の味わいを打ち出し、「ぼちぼち焼」(山芋たっぷりのせ豚肉入りお好み焼き/850円)や、じっくり煮込んだ牛すじ肉を使った「すじねぎコンニャク焼」(1,000円)などが人気を集めている。同店オーナーの井上さんによると、高円寺、下北沢、桜新町などにも展開する同店だが、やはり広尾店は客単価がやや高めとなるそうで、ファッションや芸能関係者も少なくないと言う。ロケーションについては「六本木ヒルズができても駐車スペースが少なく、かと言って渋谷は混み合い過ぎ。天現寺橋交差点周辺はとても落ち着いていて、渋谷からタクシーで1メーターで移動できる距離でもあるため、これからが楽しみなエリア」であると付け加える。
ぼちぼち広尾店/TEL 03-5798-4909「ぼちぼち」近くには今年2月、カフェスタイルをベースにした食空間「居間」がリニューアルオープンした。「家の『居間』でくつろぐように落ち着いた時間を過ごす空間」を目指す同店では、食材にこだわった展開を見せ、メニューも食材を中心にしたもので「お客さんと話をしながら調理方法を決める」(土屋さん)といったユニークなスタイルを採用し、値段は材料費から算出すると言う。また、場合によっては一部食材の持ち込みも可能だったりと、既成の飲食店の枠組みを超えて新たな試みに取り組んでいる。
居間/TEL 03-5791-1268明治通りはここ数年、イタリアンを中心とする新店のオープンラッシュが続いている。道路が整備され拡幅され、歩道の広い明治通り沿いには一見人通りが多いようには映らないが、各店を見ると、人気店は予約客を中心に席が埋まっている。各店とも比較的若いシェフを起用し、個性的で積極的なメニュー提案が行なわれているのもこの界隈の特徴だ。マンネリ化したメニューに少し飽き始めたグルメのオピニオンリーダー達がこの界隈を訪れる最大の理由でもある。
この通りにある飲食店は(1)比較的商圏を広く設定した固定客(予約客)を中心とするニーズと(2)恵比寿・広尾周辺の居住者や周辺をテリトリーとする普段使いのニーズを吸引するが、(1)と(2)を組み合わせた形で平日と週末のバランスをとりながら安定した人気を保っている店が少なくないのも、このエリアの特徴だ。数年来の都心回帰現象を背景に、明治通り沿いには続々と居住用のマンション建設が進み、一旦は減少した周辺住民が増加傾向に転じており、「広域ニーズ」と「近隣ニーズ」を絶妙に共存させることができるのも、このエリアならではの立地特性とも言えそうだ。
こうした飲食店集積の一方で「物販系がもう少し増えれば」という声も囁かれる。ピンポイントで人気店を訪れるだけでなく、物販店が出来てショッピングの要素が加われば、界隈をブラブラする楽しみが増え、街に活気が生まれるだろう。現在、渋谷橋~天現寺橋間の明治通りを指す名前は存在しないが、拡幅整備されて広がった道路や地名である広尾の「広」から想起すると、この間の明治通りは「ブロード・ストリート」とも呼べそうだ。渋谷-代官山-恵比寿と広がりを見せてきた広域渋谷圏では今後、明治通りを核に恵比寿-広尾間の連携が本格化し始める。