最近、広告のコピーやパッケージデザイン、飲食店の店名ロゴ、メニューなどで「書」のデザインが多く使われるようになった。下馬の自宅を拠点にしながら活躍するグラフィックデザイナーの大谷美智代さんは、数多くの「商業書道」を手掛けている。小学生の時に始めた書道は5段の腕前を誇りながら、OLを経てデザイナーになった当初は「商業書道」を特に意識していなかった。ある日、勤務先のデザイン事務所にあった「商業書道」の本と巡り合ったのを契機に、デザインと書道の融合に注力していった。
今では、日本商業書道作家協会の理事も務める大谷さんの元には広告代理店など多くのクライアントから、様々な注文が舞い込んでくる。「女性っぽい感じで・・・」「力強い感じで」「格調高くておしゃれに」・・・といった具合で、依頼内容はイメージが中心。大谷さんは、こうしたオーダーに耳を傾け、様々なタッチで書き分けていく。書道の「作品」ではないため、輪郭がはっきりと出るように半紙に墨汁で書くことが多いと言う。オーダーのあった文字を何度も書き上げ、その中から選んだ文字をスキャナーでスキャンし、さらにスキャンした文字データにMac上で修正を加え、アウトライン化したイラストレーターデータで納品を行なう。「書」を含めたグラフィックデザインの場合、自らが筆を執るデザイナーも少なくないが、大谷さんはこうした「書」というパーツ発注にデータ納品で応えることができるため、同業のデザイナーからの依頼も後を絶たない。
また、大谷さんは「最近の傾向としては、外資系クライアントからの注文が増えてきた」と話す。パソコンメーカー、証券会社、航空会社などの外資系企業が、新聞広告やPOP類で「書」をモチーフに使うケースが多くなっている。「日本人より、外国人の方が『書』をアート的に捉えているのかも」と、大谷さんは人気の背景を話す。大谷さんはWEB上に「Moji屋」というサイトを設け、手掛けた作品例なども披露している。
Moji屋2003年12月、南青山にある福井県ビジネスセンター「南青山291」内のギャラリーで福井市の前衛書家、吉川壽一さんと、同じく福井市の横山工藝によるコラボレーション展「もも展」が開催された。吉川氏は、2003年のNHK大河ドラマ「武蔵」の題字と、ドラマの初回「俺は強い!」から最終回「武蔵よ永遠に!」まで、すべてのタイトルを担当した。タイトルは毎回の脚本に目を通し、内容に沿ったイメージで書いた。会場ではタイトル全49回の縦・横の作品5点づつ490点と、1行書き・2行書きを含めて500点余りを展示し、さらに脚本家の鎌田敏夫氏の了解を得て、1回の脚本の中から二つずつ言葉を選び、50回分を扇面100枚に記した。ちなみに吉川氏は人気連載コミック「バガボンド」の題字も手掛けている。
一方、横山工藝では吉川さんの「書」をもとに「SHO-T」シャツを100枚制作し、会場で販売も行なった。同社では、「書」のもつ魅力をシルクスクリーンはオンデマンドの技術を駆使して表現した。その他、柿渋染めのTシャツオブジェ、文字や模様が抜けたダメージ加工ジーンズ、宮元武蔵「独行道」のアロハ生地、SHO傘などの展示も行い、「書」のアートを通じて同社の技術力をアピールした。
吉川壽一さんのホームページ 横山工藝一方、「書」アートに対する人気を背景に、一般からの公募企画も始まった。様々な「公募情報」を網羅する「月刊公募ガイド」を発行する公募ガイド社(渋谷3)でも、同社初の取り組みとして「アート書道論」作品を募集している。応募締め切りは1月末日。募集内容には「アートも書道も飛び越え、『墨』を使って自由に表現したアート作品。学校で教えてもらった文字を書くだけの書道ではなく、形にはまらない作品を。文字、イラスト、立体など表現方法は自由」とある。「公募ガイド」編集担当の橋谷さんは「日本人なら書道は必ず一度はやったことがあるはず。普段使わなくても、書道セットも持っている人が多い。公募ガイドのアンケートでも、書道というジャンルに対する公募希望が意外に多かった」と、書に対する潜在的な需要を示唆している。
同コンテストの審査員を務めるのは雑誌、ゲーム、CDジャケットなどの題字を多く手掛ける横山豊蘭さんで、「アート・書道・論-書ハ美術ナラズ、書道はもはやアートである!?-」を唱える書道家・美術家。「月刊公募ガイド」1月号のインタビューで横山氏は「どういう作品がくるか予想もつかない。文字と絵の中間めいたもの、たとえば文字同士を組み合わせたリ、文字の源流をたどったりしたものが多いかもしれませんね。もちろん、これらのスタイルでも、僕が想像もできないものを応募して欲しいです」と、自由な発想に期待をかける。4月9日発売の「公募ガイド」5月号誌上で入選作品の発表が行われる。
公募ガイド社空間を演出するインテリアとしての「書」にも注目が集まり始めている。南青山にある「Carre MOJI(キャレモジ)東京店」(TEL 03-5766-7120)は、インテリア用創作書道の専門店だ。同店のオープンは2001年で、ほぼ同時期にパリのサンジェルマン・デ・プレに「パリ店」もオープンした。店名となっている「Carre MOJI」は、フランス語で「文字のある心地良い空間」を語源とするもので、日本の伝統文化である書道を現代風にアレンジし、インテリアとして空間を演出する新しい境地に挑んでいる。
元々、空間関係のビジネスを手掛ける同店オーナーの植野氏は「現代的な空間には絵、リトグラフ、ポスターなど、西洋のアートが飾られているケースがほとんどだったが、『書』を新しいスタイルにすれば現代空間でも使ってもらえるのでは」と思い立ったのが、スタートの契機になったと話す。そこで「モダンな空間に、インテリアアートとして一流の書家の手によるおしゃれでシンプルな作品を提供する」(植野さん)ことを目的に事業を立ち上げた。植野さんは「上手な字を書く書家は多いが、部屋に掛けて3日すると飽きられる文字は『Carre MOJI』としては通用しない。インテリアとして人の心を『癒したり』『ハッピーにする』字を書けるのは一握りだという。同店では作品としての価値でなく、あくまでも消費者のニーズに沿った「商品」の提供を心がけている。
ギャラリーには常時約40点が展示されており、「笑」「夢」「粋」「花」など、空間に彩りを添える文字が、文字の個性に合わせた額装を施し商品化されている。また同店では、顧客のオーダーにも応えており、希望の書家に希望の文字を書いてもらい、希望のマット色や額装にも応えてくれる。料金は通常販売している作品の2割増しとなり、例えば38×29センチの作品と同じ大きさでオーダーした場合は7万円(税別)。名前の一文字を入れ、何かの記念日に贈るなどのギフト需要が多い。同店の客層は20代から60代と幅広く、「敢えて挙げるなら、40代が中心」(植野さん)という。また、ギャラリーは夜になると本格的なバー空間に変身し、実際の飲食空間におけるインテリアとしての「Carre MOJI」を楽しむこともできる。営業時間は日曜・祝祭日を除く19:30~4:00。
さらに、自分でも「Carre MOJI」を書いてみたい人のために、昨年から「キャレモジ書道スクール」を始めた。同講座では「書」の基礎を習得し、線を極めた上で、インテリアに相応しい作品を創りあげる新しいコンセプトのスクールで、青山と駒沢の2カ所で開講している。講義は全6回で受講料は42,000円(税込)、授業で制作する作品の額・額装・表装代を含んでいる。受講生の8割は女性で青山は20代のOLが中心、世田谷は40代主婦が中心だ。
渋谷Bunakamura15周年行事の一環として開催される企画展「和のモダンを楽しむ~インテリア書と陶~」でも「Carre MOJI」がフィーチャーされる。開催期間は1月23日から2月1日までで、「書」をベースにした展覧会は「Bunkamura」では初の試みとなるもの。会場では、インテリアアートとしての「Carre MOJI」の展示を中心に、気鋭の2作家の陶作品を加えて、気軽で身近に楽しむ和の世界を提案する。また1月25日と31日には、出展書家の一人でもある清水恵さんが、出展作品のテーマ「自然・夢・心」に沿った作品のデモンストレーション制作を、トークを交えながら披露する。同店では今後、「店舗外での企画展示にも積極的に取り組み、多くの方々との接点づくりに力を入れたい」(植野さん)という。
Carre MOJIデザイナーの老川一平さんと木村俊作さんが19歳の時に立ち上げたブランド「SHUIP(シュイップ)」は1月20日、代官山・槍ヶ崎交差点近くの駒沢通り沿いに直営店「シュイップ カオウ」をオープンする。「カオウ」とはもちろん「花押」のことで、文書に署名した下に自筆で一定の形象を持つ署名法の一種で、別名「花書」「書判」「押字」とも言われるもの。形態が「花文」をかたどっていることから「花押」と呼ばれるようになったと言われる。「SHUIP」はスタート当初、背中に老川氏と木村氏のそれぞれの家紋をストレートに載せたデザインで話題を集めた。老川さんによると「『シュイップ カオウ』では、家紋のデザインではなく、「SHUIP」の各アルファベットを組み合わせたモチーフをメインに展開する」とのことで、「書」のイメージをモチーフにした新たな取り組みも注目を集めそうだ。同店のオープン初日限定で、木村俊作さんのアメフトの背番号「54」にちなんだ、シリアルナンバー入りTシャツ54枚を限定販売する。
SHUIP(シュイップ)最近の「癒しブーム」や「和への回帰現象」と共に、古くて新しい「墨文字」への見直しが始まっていると考えられる。単に半紙の上で型通りに上手な書を書くのではなく、自由な発想のもとでアートやコンピュータグラフィックなどとコラボレーションしながら、新しいアートシーンを生み出している。表現面では、西洋の「多彩でカラフル」なビジュアルに対し、単色ながら微妙な色合いで奥深い表現ができる「墨」という画材そのものへの注目が高まっているとも解釈できる。今後、さらに他のアートシーンとのコラボレーションを通じて、そのバリエーションが広がりそうだ。