特集

ヘアスタイルとリンクする人気アイテム
渋谷・原宿「帽子ブーム」の背景

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■高まる需要に売り場を拡大する人気アイテム

1月11日(土)、快晴の午後、原宿で信号待ちをしている若者たちの内、帽子を被っている若者の数を調べてみたところ、100人中37人が帽子を着用していた。男女とも帽子を着用しているオシャレな“帽子カップル”の数も多く、「帽子ブーム」と呼ばれる現象が進行していることを物語っていた。今日ではカジュアル・ウェアを扱うショップのショーウインドやディスプレイには、ほとんどといっていいほど帽子がコーディネートされている。スポーツショップ、アウトドアショップなど、ブランドやアイテムを絞り込んだショップでも同様の傾向が見受けられる。

アメリカン・カジュアルの老舗「バックドロップ」(神南)では、路面のディスプレイにメッシュキャップやオリジナルの“正ちゃん帽”がコーディネートされ、ショップのスタッフも全員帽子を着用している。同店では80年代に流行ったニットキャップがよく売れているという。スペイン坂のカジュアル・ショップ「OA-T」(宇田川町)では、店舗の中央に台を設け、帽子を“プッシュ”している。今冬は「耳あて付きのニットキャップがブームになり、今春はキャップが売れるだろう」と予測している。

バックドロップ OA-T/TEL:03-3464-4536
バックドロップ

キャップといえば「ベースボールキャップ」。神南にある「ワールドスポーツプラザWEST」3階の「MLBジャパンショップ」は、メジャーリーグベースボールのキャップを全チーム揃えている都内屈指のフロア。特に「NY」のロゴの入ったニットキャップが豊富に揃っている。店長の小松原さんは「メジャーリーグのキャップやニットキャップはストリート・カジュアルのアイテムとしてよく売れている。特に日本人大リーガーが活躍するチームのキャップは、野球を知らない人でも購入するアイテム。松井選手のヤンキース入りが決定した昨年末からは、ヤンキースのキャップがとにかく売れている」と話す。「NY」のキャップはオーセンティックとデニム生地(共に3,800円)があるが、希少価値の高いデニム生地の方が人気とのこと。「NY」のニットキャップは色、デザインとも豊富に揃え、10アイテム(1,500円、1,900円、2,900円)あるが、すでにオレンジやレッドのキャップは売り切れ。「最近ではヤンキースに関心のない人でもキャップを購入していく。もともとシンプルなデザインなので、ストリート・カジュアルとの相性は抜群。イチロー選手はもとより、今春からは松井選手の活躍によって、MBLのキャップはさらに人気を集めそう」と期待をかける。

日本スポーツビジョン
ワールドスポーツプラザWEST ワールドスポーツプラザWEST

昨年9月、明治通りの路面にオープンしたセレクト・ショップ「GGPX」(グーグープレクサス)では、相応のスペースを割いて帽子のコーナーを設けているほか、ディスプレイのコーディネートすべてに帽子を添えて提案している。店長の青野さんは「セット販売をして客単価を上げようという意図ではなく、帽子のコーディネートはすでに顧客の要望のひとつ。カジュアル・ウェアに帽子はつきもの。また、自分にどんな帽子が似合うのか、みんなよく知っている」と説明する。さらに周辺のカジュアル・ショップを見回して、「明治通りにも店頭にワゴンを出して帽子を販売するショップがどんどん登場している。それほど帽子が動くアイテムになっていることの証明だろう」と“帽子需要”を示唆する。青野さんは「帽子マーケット」の傾向を次のように挙げる。

  1. 編集能力に長けた若者が自身のコーディネートに変化をつけるためのアイテムとしてフル活用している。
  2. カジュアル・ショップでは1,000~3,000円という価格帯が定着するなど、帽子の単価が下がったことで、若者が異なる素材やいろんなデザインの帽子を取り揃えるようになっている。
  3. 個性的なデザインの帽子が数多く登場し、存在感のある帽子が増えている。初心者は最初、ベーシックな帽子を購入し、着こなしを覚え、徐々に“帽子上級者”へと変身していく。

青野さんはさらに男性のファッションについて言及する。「いろんなファッションを楽しめる女性とは異なり、男性はトップ、ボトムともベーシックなアイテムを着まわしするのがコーディネートの基本。その中で帽子は男性にとって冒険ができる数少ないアイテムになっている」。アパレル主体のショップも、いくつかの理由で帽子を重視していることがわかる。

GGPX/TEL:03-5485-0101
GGPX

■「帽子ブーム」、専門家はこう分析

渋谷、原宿、代官山などファッションの定点観測を続ける共立女子短期大学生活科学科デザイン研究室の渡辺さんは「帽子は相当に流行っている。被っている人を見ていると、服自体の着こなしがオシャレな人が、帽子もきちんと被っているようだ」と話す。つまり“帽子を制する者はファッション上級者”で、“細部までコーディネートに気を配っている”人であることが見えてくる。渡辺さんに今日の「帽子ブーム」の背景を挙げてもらった。

  1. ヘアカラーやパーマ、エクステンションなど、ヘア・スタイルがかなり自由になって久しいので、帽子もヘア・スタイルの延長として取り入れている。
  2. ワークやスポーツなど、もともと帽子が対になっているストリート・スタイルが流行ったことで、帽子も付随して取り入れられている。そのスタイルがすたれたら、帽子人気も下火になるかもしれない。

渡辺さんは(2)の一例として「去年の春に流行ったロマンティック・ボヘミアンの着こなしでは、帽子はセットになり得なかったので、その格好をして帽子を被っている人はいなかった」と話す。

共立女子短期大学生活科学科デザイン研究室/ストリートファッションレポート
イメージ

千駄ヶ谷にある帽子専門学校「サロン・ド・シャポー学院」は、1949年に開校した歴史のある帽子専門学校。今日まで数多くのデザイナーを輩出している。生徒はほとんどが女性だが、現在、男性の生徒も何名か在籍している。趣味で習う生徒とプロを目指す生徒に大別できるが、教師の阿部さんは「最近の傾向として、確実に帽子好きな生徒が集まっている。帽子が好きということはオシャレの意識が高いということ。みなさん、オシャレです」と語る。阿部さんに「帽子ブーム」をテーマに女性生徒へのヒアリングを行ってもらった。

(1)「帽子を被ることがオシャレ」というイメージが深く浸透
「帽子を被るとオシャレに可愛く見える」という声が最も多かった。彼女たちが帽子ブームを支えているようだ。また、帽子を被っている男性に対しても「オシャレである」という認識を持っている。

(2)若者の経済的要因とヘア・スタイルと連動するコンビニエンス感覚
若い生徒の特徴として「ケイタイとパソコンにお金がかかり、経済的な余裕がないので、帽子を愛用している」ということを耳にする。さらによく聞けば、かつては月に数回美容院に通った子でも、最近では経済的な要因から通う回数を減らしているという。つまり、ヘア・スタイルと深くつながっていることがわかった。ちょうどそこに値段の下がった帽子が目にとまる。ボサボサの頭でも帽子を被れば隠せるから帽子は好都合だという。これは帽子がヘア・スタイルの代わりになっているとも言える。利便性に富んでいるという点では帽子は、若者の“コンビニエンス感覚”にも合致する。逆の視点で捉えれば、今は爆発的にヒットするヘア・スタイルがないとも言える。特にロングのヘアが流行っている時には女性は帽子を被らないもの。人に見せたいヘア・スタイルであればあえて帽子を被って隠さないのではないだろうか。

(3)広がるプチ整形感覚
帽子は額の上に乗せるだけで、イメージを一変できるアイテム。帽子は顔の一部分を占めるで、相手からの注目度が高く、他人に自分の特定のイメージを強く印象づけることができる。雰囲気を変える演出のひとつだが、いわば「プチ整形」に近い感覚である。帽子の数を増やせば、イメージのバリエーションも増える。

サロン・ド・シャポー学院
サロン・ド・シャポー学院

■ストリート・ファッションと連動する専門店の人気

1999年11月、キャットストリートに誕生した帽子専門店「オーバーライド9999(ナインバイフォー)」は逸早くストリート・ファッションと帽子との接点を見出し、その発信地であるエリアに打って出た“感性型ショップ”。店名につく「9999」はブランドが1999年9月9日に生まれたことからそれを記念して命名。商品構成はオリジナル50%、インポート50%。レディースはほぼオリジナル。経営は大阪に本社を構える「栗原」。お膝元の大阪にも2001年4月、「オーバーライド9999南堀江」を開店。同時に「HEADS9999」ブランドで横浜、台場などで直営店を展開している。同社はWeb上でキャットストリートに1号店を出店した背景を「ストリートエリートのコミュニティーエリア裏原宿。 カリスマショップと呼ばれる感性型ショップの激戦地区。私たちはあえてこの環境の中でショップを立ち上げ、成功させることをブランド開発の試金石とした」と謳っている。マーケット戦略とブランディングに基づく直営店展開は、アパレル企業のそれと変わりなく、「帽子をアパレル」と捉える視点が垣間見える。

「オーバーライド9999」店長の石橋さんは「売上げの推移はずっと上がりっぱなし。今でもそれは続いている」と元気に話す。しかしオープン当初、キャットストリートは民家ばかりでショップは何もない状態だった。「知る人ぞ知るという場所に敢えて出店するという試みだった」(石橋さん)。帽子ブームの手ごたえをつかんだのは開店1年後。2000年から2001年にかけて、キャットストリートに店が増え、活気づいてきた頃と合致する。「帽子が注目を集めることは当初より確信していた。1999年末の開店から2000年、2001年という期間は、そこにショップがあるということを認知させるまでの1年だったと思う」と、石橋さんは振り返る。さらに帽子ブームについて「ストリート・ファッションと深くリンクしている。原宿、裏原のブランドのブーム、そういうファッションに帽子がついてきた。帽子を含めてトータルでコーディネートするブランドが増えたこともあり、加えて裏原ブームによって帽子にも火がついたという要素は十分にある」と分析する。

石橋さんは続けて洋服とヘア・スタイルにも言及する。「洋服の次のトレンドを探すと、もはや出尽くしている。そこでセレクト・ショップも帽子に着目し、それが全体にヒットしたようだ。また、総じて男女ともショートカットになっている。男性は坊主が増えているほど。短い髪には帽子がよく似合うし、まず短い髪は寝グセがつくので、それをカバーするために帽子を被ることも多い。セットしなくてはいけないヘア・スタイルが流行っているから、セットできない時にそれを隠すための帽子が流行る。特に朝、時間がない時に手軽に帽子を被る若者は多い」。さらに帽子の演出力にふれて「ハットを被ればクールになる。ニットであれば可愛いらしく、ファーでゴージャス系も演出できる。ヘア・スタイルでそれを演出するのはかなり難しいが、帽子を使えば何通りもの顔になる」と強調する。

オーバーライド9999
オーバーライド9999(ナインバイフォー) オーバーライド9999(ナインバイフォー)

■ストリート系と一線を画した専門店の動向

1999年2月、代官山に誕生した「coeur(クール)」(恵比寿西)は、帽子をメインアイテムに据えたブランド・ショップ。毎シーズンにオリジナリティを重視した新作70型をリリースしている。顧客は20~30代が中心だが、60代もいるなど幅広く、全体的に大人にシフトしているのが特徴。客層のみならず、ストリート系と一線を画している点として、扱っているアイテムがベーシックな帽子でなく、シーズン毎のモードであることが挙げられる。同店を経営する「モディスト」(本社:恵比寿西)代表の木島さんは「“帽子ブーム”と呼ばれる昨今、ストリート寄りのニットキャップやベースボールキャップなど定番アイテムを扱っている店なら売上げが上がっているだろうが、当社にはあまり影響はない」と話す。また、帽子ブームの要因を「ファッション・シーンに新たなトレンドが生まれていないことが大きい。欲しい洋服は少ないが、オシャレはしたい。そこで、洋服よりも帽子が欲しいと思う人が相対的に増えたということだろう」と分析する。

Coeur/TEL:03-3770-2174
coeur(クール) coeur(クール)

カジュアルからエレガントまで洗練されたオリジナルの帽子を販売するのが、代官山のデザイナーズ・ショップ「ユミコ・イトヤマ」。ニューヨークの未使用のアンティークパーツやフランスの素材を使用するなど、希少価値の高い帽子を制作する一方、メンズ・レディース・ウェディングなどオーダーも受け付けている。代表で同ブランドのデザイナーを務める糸山さんは「帽子ブームの対象となっているマーケットと当店の顧客とは異なるが、多少影響はある」と前置きし、「帽子が流行ることは素直に嬉しい」と話す。帽子写真集「わがままな帽子」(文化出版社)の著者でもある糸山さんは「ユミコ・イトヤマ帽子教室」を開講するなど、デザイナーの育成にも力を注いでいる。しかし、「プロの帽子デザイナーとして生きていくのはまだまだ険しい。趣味として割り切って習うぶんにはいいが、帽子デザイナーの需要はそれほど多くない」と現状を語る。糸山さんは帽子ブームの要因を「人気のある芸能人やアーティストが帽子をオシャレに被ったことが影響している。特にストリート・ファッションにつきもののキャップやニットはヒップ・ホップの影響が大きいのでは」と分析する。

ユミコ・イトヤマ

10年前のファッション誌に掲載されている「街頭ウォッチング」のコーナーを見返してみると、帽子を上手に用いたコーディネートを“小技が上手”とか“ひねりの効いた”と表現されている。しかし、帽子を被っている人が圧倒的に多い今日では、被っていること自体は“小技”でも“ひねり”でもなく、ごく当たり前のコーディネート。ファッションについて総じてオシャレになった若者が次に“オシャレ上級者”を目指す時、意識は全体のコーディネートとともにボディからディテールへと向かう。靴、バッグ、ピアス、ネイルアート、シルバーアクセサリーに続くディテールとして今、帽子に注目が集まる。ストリート・ファッションの発信地である渋谷に、帽子を扱うショップが増えることは当然の成り行きであり、帽子を被る若者が渋谷にあふれるのも何ら不思議ではない。彼らはファッションを楽しみながら、頭の上で微妙な“差別化”を試みているのである。ストリート・ファッションが定着し、帽子が自然に受け入れられた外的要因のひとつに、海外のアーティストがファッションとして帽子を愛用していることが挙げられる。帽子の“着こなし”や、帽子でイメージを作る“演出法”は音楽ともに上陸し、ヒップ・ホップやレゲエ、モッズなど帽子をセットに据えたファッションが日本でも浸透したことは無視できない。ストリート・ファッション以外でも、カジュアル・ウェアの起源であるスポーツやワーク・スタイルに欠かせないアイテムである帽子は、ウェアの浸透とともに同様に脚光を浴びた。しかし、帽子ブームの根底には複雑に絡み合う伏線も横たわっている。

ユミコ・イトヤマ ユミコ・イトヤマ

今日の「帽子ブーム」は、カジュアル・ウェアを主体に扱うセレクト・ショップ、ボリューム・ショップが低迷するウェア需要に替わるアイテムとして帽子に着目したことが大きく影響している。多くのブランドが帽子を含めたトータルコーディネートを提案し、ストリート・ファッションとリンクする専門店の認知が高まり、これに呼応した若者がカジュアル・ファッションの仕上げにローコストの帽子をチョイスした。さらに、可処分所得に限りのある若者が美容院等でヘア・スタイルに投資していたコストの一部を、比較的低価格な帽子に振り向けたこともブームの背景に見え隠れする。

帽子は、一部で広がる男性の「坊主ブーム」とも相性がよく、この冬は渋谷・原宿などのストリート・ファッションでは“マストアイテム”となった。編集能力の高い若者は、帽子を使った様々なコーディネートを編み出している。特にファッションの選択肢の少ない男性は、帽子を用いることでトップにボリュームを持たせたり、反対にスッキリさせたりできるため、帽子を制することでファッションの精度はグンとアップする。こうした「帽子人気」を受けて、アパレル業界での捉え方も変わって来た。夏は紫外線防止や日よけのアイテムとして、冬場には防寒用のアイテムとして重宝され、素材もコットン、ニット、布帛、フェルト、皮、フリースなど幅広い展開が可能で、適度なプライスで季節に応じた提案ができる貴重な商材でもある。アパレル業界では、帽子が、現在のブームを支えるカジュアル・ファッションの領域を超えることができるかどうかに注目が集まる。

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