特集

参拝者数日本一「明治神宮」のご利益は?
渋谷「初詣」マーケット事情

  • 0

  •  

■明治神宮の基礎知識

明治神宮は、1920年(大正9年)11月1日に創建された明治天皇・昭憲皇太后が祭られている寺院。初詣の動員数日本一の記録もさることながら、都心の真中とは思えないほど豊かな緑に囲まれ神社としても名高い。代々木の森は72ヘクタール。東京ドーム54個分、365種ある樹木の数は16万本。全国から献木された樹木が神々しさを漂わせ、渋谷では稀有なスポットになっている。正式な住所は渋谷区代々木神園(かみぞの)町。1970年に以前の神園町、代々木深町などいくつかの町が合併して生まれた町で、この町の北半分が明治神宮である。明治神宮の地は、徳川家康の譜代に次ぐ直系の家臣、彦根藩井伊家の下屋敷であり、それ以前は、加藤清正の子、加藤忠広の屋敷があり、今でも清正の井戸が残っている。明治維新後、皇室用地となり、“南豊島御料地”と呼ばれ、1930年(明治19年)に明治天皇が行幸(ぎょうこう=天皇の外出、旅行の敬語)。その頃の地図によれば、赤坂に仮皇居、新宿御苑が植物御苑となっている。

江戸時代に刊行された名所図絵の版本を1918~1922年にかけて翻刻出版した日本地誌の叢書「大日本名所図絵」には「代々木御料地なる旧井伊侯下屋敷に樅(モミ)の老樹あり、幾年代を経しを知らず、すでに枯れて後継樹も喬木となり居れり、是れ当地に於いて最も有名なり、代々木の称は是より起これり」と記してある。これは「代々(だいだい)この地に樅(もみ)の大木があったので、“代々木”の地名がついた」という意味。実際、明治神宮の南参道を5分ほど北に歩いた場所に樅の木があり、傍らに「代々木」と書かれた札が掲げられている。明治神宮総務企画課によると、「代々木の大樅」といわれた樅の木があったことから、一帯の地名が「代々木」と呼ばれるようになったという。江戸時代には、「大日本名所図絵」に記された彦根藩井伊家の下屋敷があり、枯れると同じ場所に後継の樅が植樹されてきた。1923年(大正12年)に刊行された「明治神宮造営誌」には、枝の広がりが最も広いところで約54メートルに及ぶと記録されている。「代々木の大樅」は、江戸を目指す旅人の目印になっていたという逸話もある。頂上から江戸一円を見渡せたことから、幕府は江戸城内を探られるのを恐れ、一般人がこの木に登るのを禁じたという言い伝えが残されている。さらに、黒船来航の際には、井伊家の家臣が木に登って艦隊を監視し、桜田門外の上屋敷に報告させたとも伝えられている。

1918年、代々木神園町は宮内庁の御領地となり、1930年には明治天皇が行幸、病身の昭憲皇太后がしばしば保養のために利用。そこで縁の深い代々木の地に1920年、明治神宮が創建されたのである。同年には表参道が明治神宮の参道として整備。翌年にはケヤキが植樹される。1924年には増え続ける参拝客に対応するため原宿駅が立て替えられる。当時は参拝客のための数件の土産店が店を開いていたという。その後、1945年に空襲によって創建当初の主要建物は焼失。1958年、現在の社殿が復興。1993年、神楽殿が竣工。これにより、今日の明治神宮が完成する。明治神宮と皇室の結びつきは深く、原宿駅から代々木方面に向かう道路の途中(千駄ヶ谷)に皇室専用駅がしつらえてあることは有名。ほかに明治神宮にちなんだ地名も多く残っている。

〈明治神宮にちなんだ地名〉
  1. 神宮前=「明治神宮の前にある」という地理的要素から命名。
  2. 神南=1928年にいくつかの町が合併して生まれた「神南町」は明治神宮の南にあることから命名。当初は神南(かんなみ)と呼ばれ、戦後からは「じんなん」と発音されるようになる。
  3. 参宮橋=小田急線の駅名にもなっている「参宮橋」。明治神宮の西参道にある橋の名は、文字通り「神宮に参る橋」であることから命名。
明治神宮
明治神宮 明治神宮 鳥居 参詣経路

■明治神宮、集客力拡大の背景

参拝者数日本一の連続記録を1979年から2002年まで23年間更新中の明治神宮。2002年三が日の初詣参拝者数315万人であった。

1位 明治神宮 315万人
2位 成田山新勝寺(千葉県成田市) 284万人
3位 川崎大師(川崎市) 280万人
4位 伏見稲荷神社(京都市) 250万人
5位 住吉大社(大阪市) 232万人

それでは、明治神宮がこれだけの動員を実現できるようになった要因は何だろう。以下のことが推測される。

(1)都内でも屈指のアクセスの良さ
明治神宮には入口が3ヶ所(西参道につながる北門、北参道口入口、南参道へと渡る神宮橋)。最寄り駅は、南参道口にあるJR原宿駅、営団地下鉄明治神宮前駅が近く、下車2分。西参道口に近い小田急線参宮橋駅からも下車2分。北参道口にはJR代々木駅、大江戸線代々木駅が近い。5つの駅に囲まれたアクセスの良さは都内でも屈指。1日の乗降客数は原宿駅が133,822人、明治神宮前駅が218,146人。交通網は1964年に開催された東京オリンピックを機に改善された。代々木公園と道路を挟んで隣接する国立代々木競技場をメイン会場とするオリンピック開催によって明治神宮への交通網も整備されたと言えよう。1971年には代々木公園が完成。1972年にはNHK放送センターが現在の場所に開業している。

(2)非日常性が味わえるブランドイメージの確立
明治神宮のブランドイメージができあがったのは1970年代とされている。1958年、現在の社殿が復興し、一気に集客力はアップした。1964年に開催された東京オリンピックにより、周辺の環境が整備されたことでアクセスの良さがアップ。一方で、都心にあり、アクセスが抜群の環境にありながら樹木が生い茂り、俗世間から隔絶した神域を思わせる空間は他に類がない点も見逃せない。1971年に隣接するエリアに代々木公園が完成したことで周辺は、市民にとって身近な存在となっていく。都内の人気初詣スポットといえば「浅草寺」(2002年の人出179万人=動員数全国7位)があるが、初詣という“ハレ”の日を演出する「非日常性」という観点からは明治神宮に軍配があがる。広大な森は日本人にとって特別な威力を持つのである。

(3)80年代から人気を集めはじめた原宿・表参道
明治神宮が初めて参拝者数日本一を達成したのが1979年。前年には「ラフォーレ原宿」が開業、表参道に「ハナエモリビル」が開業し、「原宿ブランド」を押し上げていく契機となる。一躍時代の寵児となった「竹の子族」がデビューしたのも1979年である。その後、原宿は若者文化の発信地として絶えず時代をリードする街として今日に至る。原宿・表参道の人気が浮上した時期と明治神宮の動員数が急増した時期が重なっているのは偶然ではない。

行列風景 行列風景 行列風景 原宿駅改札 竹下通り

■御利益グッズ、初詣の売れ筋と豆知識

明治神宮の御利益は家内安全、商売繁盛、厄除けなどポピュラーなものが多い。そのせいか御利益グッズも豊富に揃っている。初詣関連グッズでは、守護矢1,000円、鏑矢2,000円、開運的2,000円、えと絵馬1,000円、えとの土鈴800円、福扇・大3,000円、小1,500円。このほかに安産、病気平癒、縁結び、学業成就、合格成就、厄除けなど定番のお守800円~、神符(しんぷ)3,000円など充実している。販売担当者によると、明治神宮の参拝客が最も数多く購入するアイテムは「守護矢」であるという。神社では一般に「破魔矢」と呼ばれているが、明治神宮では1958年より「明治神宮守護矢」と改めた。もともと昔から矢と弓に魔除けの信仰があり、破魔矢は正月の定番アイテム。ちなみに鏑矢は射ると先端の鏑がなり、戦場で戦いの合図として最初に射る矢のこと。

一方、神社につきものの“おみくじ”だが、明治神宮では「大御心(おおみごころ)」(1,000円)と呼んでいる。特徴は吉凶がないここと、詩文や和歌になっていることである。これは明治神宮らしい配慮のひとつである。「大御(おおみ)」とは神や天皇に関することの最大級の敬語。つまり「大御心」とはご祭神のありがたい考えのこと。戦後、当時明治神宮の総代を務めていた國學院大學教授の宮地直一氏の「御製(天皇の作られた詩文・和歌)、御歌(皇后・皇太后・皇太子などが詠んだ和歌)でおみくじを出したらどうか」という提案を受けて1947年の正月から実施されたもの。明治天皇は93,032首、昭憲皇太后は27,825首もの歌を詠んでいる。その中から特に人倫道徳を指針とする教訓的なものを15首ずつ、合計30首選び、それに解説文を入れたのが「大御心」である。

ちなみに明治神宮は外国人参拝客が多いため、いたるところに英語表記が記されている。「大御心」はPOEM DRAWING(ポエム・ドローイング)、「本殿」を記す英語表示はMAIN SHRINE。しかし、社務所だけは英語表記できなかったのか、看板にはSYAMUSHOとローマ字で綴ってある。

「大御心」

■初詣の前後に商機を見い出す初詣ビジネス

毎年初詣期間には、明治神宮内の文化館広場で「くいしんぼう市」が繰り広げられる。渋谷・代々木郵便局合同臨時出張所が元旦から年賀はがきや記念レターセットの販売を行ったほか、三越が「参拝記念福袋」(10,000円)を販売。どちらも参拝帰りの多くの客が立ち寄る場所にあるだけに人気も高い。

大手百貨店各社は2003年の営業開始日を前倒しした。高島屋、三越、伊勢丹は1月2日から、シブヤ西武も2日から営業をスタートした。これは営業日を増やし、増収に繋げる考えである。マーケット自体が前倒し傾向になる中、三が日に315万人を集客する明治神宮の恩恵をこうむる形で発展してきたのが、原宿・表参道の初詣ビジネス。近年では初売りの前倒しが顕著で、元旦に「初売り」を実施する形で進められてきたが、2003年はさらに進化し、各店とも新たな動きが見られる。元旦の午前11時から福袋の販売をスタートしたのが「ラフォーレ原宿」。すでに2002年12月から福袋の中身をネットで公開するなど、初詣参拝客をもターゲットとした福袋戦略を進めてきた。情報によると約7~8万円相当のアイテムが10,000円となったなど例年になく“お得感”が増した。

ラフォーレ原宿

竹下通りは元旦も通常営業。原宿駅竹下通り口そばにある「マクドナルド」は大晦日からオールナイト営業。隣の「ロッテリア」は“正月料金をいただきません”と銘打ち、街頭での客入れに熱が入った。同店では「サンリオお楽しみ袋」(1,000円)を発売し、家族連れの初詣参拝客を意識したセールを展開した。有名人の生写真専門店に初詣帰りの10代の女の子たちが立ち寄っているのも竹下通りらしい光景。上京組も多く、モーニング娘。や松浦亜弥など“ハロープロジェクト”のアイテムを扱うショップは整理券を配布する光景も見られた。他にも「ラフォーレ原宿」の周辺はすべて元旦から通常営業。正面の「アディダスコンセプトショップ原宿」「プーマストア原宿」とも路面に設置したワゴンに福袋を積み上げた。「フランフラン」「GAP原宿」とも通常営業であったため、周囲は普通の土日と変わらない雰囲気にあふれていた。

化粧品販売の「ザ・ボディショップ」の「表参道店」と「原宿竹下通り店」は他のエリアの姉妹店が1月2日に初売りする中、1月1日に初売りを実施した。同社では初詣客にあふれる原宿と表参道は特別なエリアとして捉えているという。同社では事前に「価格の3.5倍」相当の商品が入っていることを公開し、「ラッキーパック」と呼ばれる福袋を販売した。ユニークなのはネットでも購入できること。同社もサンプルの一部をネットで公開し、5000円パック(限定100セット)、2000円パック(限定200セット)を販売。

ザ・ボディショップ

元旦の午前9時から営業をはじめた都市型スポーツ施設が神宮外苑の「フットサルコート」。1997年に中央広場に4面、シーズンオフの神宮プールにナイター設備付き施設が1面オープンした。フットサルコートはW杯で火がついたサッカー人気に対応する形で営業時間を変更。2日は午前9時~午後11時。3日には通常営業となっている。担当者は「問い合わせが多く、正月から人気は上場。ふだん利用できない方もお正月にフットサルを試みようという思いが強いのでは」と話す。

神宮外苑フットサルコート/03-3403-0923

渋谷らしいマーケットといえばCDショップがある。大晦日限定で国内品Wスタンプ(20%相当)、輸入品/中古品も10%相当をスタンプカードにて還元した「ディスクユニオン」は、翌日の元旦から新年の営業をスタート。渋谷地区全店(全4店舗)では三が日の特別企画として、渋谷地区各店で2,000円以上購入の方に各店共通で利用できる割引クーポン券をプレゼント。元旦の午前10時から営業したのは「タワーレコ-ド渋谷店」。渋谷のレコード村では元旦から営業することはすでに定番になりつつある。

ディスクユニオン
くいしんぼう市 くいしんぼう市 参拝記念福袋 ラフォーレ原宿 生写真専門店 ロッテリア フランフラン

2002年に渋谷に上陸し、一気に讃岐うどんブームを演出した「はなまるうどん」。その渋谷2号店で、初のFC店となるのが11月21日に竹下通りの中程にオープンした「はなまるうどん原宿竹下通り店」。2002年に初めて年末を迎えた同店は他店が通常営業で終了するところ、「年越し讃岐うどん」を掲げ、大晦日からオールナイトで営業を続けた。同店本部の「はなまる」店舗開発リーダーの武重さんは「もちろん明治神宮の初詣客を意識して営業することになった」と説明する。店長の関野さんは年越しオールナイト営業の手ごたえを次のように語る。「通常営業と比べると2倍の客入りとなった。やはり明治神宮参拝客が多かった。晴れ着姿の女性は少なかったが、10人に1人は破魔矢を持っていたので、ああ、初詣の帰りなんだなと思った。初めてのオールナイト営業であったが、いい感触だった」。どうやら試みは成功したようだ。

はなまるうどん
はなまるうどん

明治神宮詣での参道であった「表参道」というストリートに近年、ルイ・ヴィトンやグッチなど、スーパーブランドの出店が集中しているのは周知の通りである。理由のひとつは、適確なスケールを有しているためであると言われている。「表参道」に店舗を集中させることによって各ブランド間での顧客の行き来や、ひとつのブランドでは弱かった地域への顧客の呼びこみといった相乗効果を引き起こし、ひいては「表参道」そのものが“ブランド化”しているのである。明治神宮もまた都心の初詣スポットとしてブランドを築き、今日に至る。いうなれば神社にとっても、ブランドは大事な資産でもある。しかも、その動員力が全国一ともなれば周辺にもたらす経済的波及効果も計り知れないものとなる。

初詣は日本人にとって、特別な“ハレ”の日。三が日ばかりは財布のヒモが緩むのも日本人の特徴。渋谷はふだんから非日常的なマーケットではあるが、明治神宮はそれらのマーケットとは一線を画す神々しいエリア。異次元の“非日常”にふれることのできる明治神宮は、ある意味で都心に残されたテーマパークのひとつとも表現できる。一方、ビジネスを営む側からすれば、初詣参拝客を取り込むことは文字通り明治神宮の“御利益を授かる”ことに通じる。1年の幸先よいスタートを切れるか否かは不透明な時代ではなおさら重要。日本一の動員力を誇る明治神宮は、渋谷最大の集客施設でもある。

表参道
  • はてなブックマークに追加
エリア一覧
北海道・東北
関東
東京23区
東京・多摩
中部
近畿
中国・四国
九州
海外
セレクト
動画ニュース