日本での屋外ビジョンの歴史は20余年。日本で最初に大型の屋外ビジョンが登場したのは1980年であった。1980年4月、「新宿アルタ」の開業と同時に「アルタビジョン」が放映をスタート。当初はモノクロ放映であった。原宿もいち早く屋外ビジョンを設ける。1989年、「原宿アストロ」が原宿八角館ビル壁面(神宮前)に開設、1999年には原宿駅前に「ハイパービジョン原宿IF」が登場。2000年には「QFRONT」の開業に伴い、国内最大の屋外ビジョン「Q'S EYE」が登場。その後、ハチ公前には109-2の「109フォーラムビジョン」(神南)、センター街入口「大盛堂商事ビル」(宇田川町)の「スーパーライザ渋谷」と、3つの大型ビジョンが出揃い、国内屈指の「屋外ビジョン群」へと変貌を遂げる。
誕生から今日まで、広告業界では屋外ビジョンを屋外広告塔や壁面広告、ビルボード、懸垂幕と同じジャンルである「屋外広告」のひとつとして定義してきた。しかし、従来の屋外広告と決定的に異なる "映像媒体" であり、同時に新聞やテレビなどマス媒体とは機能的特性面で一線を画しているため、近年では「屋外ビジョン」というひとつのジャンルを確立しつつある。
屋外ビジョンは以下のような点で、その独自性・優位性があるとされている。
屋外ビジョンはメディアの特性からテレビ番組、映像ソフト、音楽ソフトの訴求に強く、同時に定置媒体であることから地域性を重視した広告や番組を放映することが多い。また、近年では屋外ビジョンを核に据えた連動プロモーションが主流になりつつあるほか、インターネットサイトや携帯端末を結ぶなど他のメディアとのコラボレートも生まれている。大きな傾向としては、ワンウェイの映像発信媒体から、よりインタラクティブな媒体に発展しつつあると言える。
規模、集積とも日本一とされる渋谷の屋外ビジョン。その代表格で、今や渋谷の街を象徴するのがQFRONTの壁面を利用した「Q'S EYE」である。渋谷の街が写真や映像で紹介される時、そのほとんどにQFRONTが映りこんでいる。放映時間は9時~24時で、約465平方メートルの映像パネルは最新テクノロジーの集大成とも言える。ハチ公前での滞留時間は約5分、ハチ公前スクランブル交差点の待ち時間は90秒、1日の歩行者数は約50万人を数える国内最大の交差点前に位置する「Q'S EYE」は、ロケーション的にもその媒体価値は極めて高い。
キューフロントの田沢社長によると「大型ビジョンは景気やテレビのスポット動向に連動している」と話す。全国展開でヤング層の取り込みを目指す企業が、必然的に若者層の多く集まる渋谷のビジョンを使うことになるが、ビジョン向けに特別に映像素材を作る例はほとんど無く、やはり全国向けのテレビCF素材を使うケースが多いこともあり、結果としてテレビとの連動感は高くなる。最近の常套手段となりつつあるハチ公前の3面シンクロについては「映像もさることながら、音のシンクロ効果が高い」と説明する。3面のビジョンからそれぞれ異なる音が出る場合と比較して、3面全部の音がひとつにシンクロされた場合の効果は格段に高くなる。"ビジョン媒体" は同時に "サウンド媒体" でもあると言えそうだ。さらに同社長は「屋外ビジョン媒体は選択して見られるものではなく、たまたま通りがかった時に見られるもの。その時のインパクトが媒体価値を高める」と話すように、「Q'S EYE」で流れる全上映時間のうち約15~20%を占めるオリジナルコンテンツを重要視している。その中のひとつが「Message a 55(メッセージ・ア・ゴーゴー)」。一般から寄せられた応援や告白などのメッセージを、毎日18時から23時まで、毎時55分から無料で放映しているもので、開業以来続くこのサービスの利用者は数千人に達している。
QFRONT Message a 55また、EZ-web、J-SKYの公式サイトでもある携帯サイト「シブヤマニアbyQFRONT」では、9 月5日より平井堅のニューシングル「大きな古時計」をモチーフとした携帯端末向けショートムービー作品「平井堅『大きな古時計』」の配信を開始した。内容は、家族の対話をテーマに、平井堅が投げかける問いに対し、渋谷の若者たちが自分達の親へ向けた思いを告白するもので監督は新進気鋭の映像ディレクター荒木靖。9月5日より1日に1章(15秒)ずつ公開され、9月16日までの全12章からなる携帯端末向けのショートストーリーで、閲覧は無料。同時に「シブマニア・ウェブ」では9月16日から、ディレクターズ版ショートムービーをストリーミング配信する予定で、これらの動きとシンクロして「Q'S EYE」でも90秒の "屋外ビジョン・バージョン" が毎時1回
上映されている。
シブヤマニア「Q'S EYE」とハチ公広場前にある他の大型スクリーン「スーパーライザ渋谷」「フォーラムビジョン」が連動した "シンクロ放映" はいわば映像による "渋谷ジャック" である。渋谷駅の乗降客数は1日平均約240万人。そのうちのほとんどがハチ公前の信号待ちに遭遇することを考えれば、3面同時刻に同じ映像を流す手法はインパクト十分で、今や定石となっている。今夏、話題となったのが「タッキー&翼」のプロモーションビデオの放映。「ジャニーズJr.の滝沢秀明と今井翼がユニットとして9月11日にアルバムデビューすることが決定」。このニュースは8月1日、全国7都市9ヶ所の屋外ビジョンを通じて一斉に発表された。ハチ公前3大ビジョン "シンクロ放映" (3画面同時プロモーション)が予定されていたのが、メインとなった渋谷・ハチ公前。ハチ公前広場には約2万人のファンが殺到し、安全を考慮して放映中止を決定。3画面には、中止を知らせる文字が流れた。当日は2人の顔をラッピングしたバス5台が渋谷を走らせるなど、渋谷を核としたプロモーションが催された。
最近の例では、8月31日公開の金城武主演「Returner(リターナー)」のプロモーションがある。8月19日、公開に先立ち "3面ビジョン" で本編の一部を日本で最初に放映。携帯からその場で応募できるプレミア試写会(渋谷公会堂で開催)キャンペーンも同時に行われた。配給を担う「東宝」宣伝部の上田さんに "3画面同時プロモーション" 実施の意図を聞いた。「『Returner』はハリウッドテイストの作品なので、ぜひ若い人に観てもらいたいと考えた。渋谷にはターゲットとなる若者がいっぱいいて、夏休みであれば全国からも集まっている。そこでハチ公前の3つのピジョンを使って何か仕掛けたいと思った」。こうして渋谷とビジョンを柱にしたプロモーションが企画されたのである。上田さんは「どこを観てもおもしろい作品なので、ネタバレにならない部分をビジョンで放映するだけでもインパクトは十分。しかし、ハチ公前にはいろんな音があふれているので1画面だけだと、音がかき消される恐れがあった。そこで3画面を統一し、ビジョン放映を中心に当日の他のプロモーションを組み立てていった」と説明する。若者で賑わう8月の渋谷・ハチ公前。果たしてその成果は。「当日、ビジョンで上映するという告知はしなかったが、3画面で同時に映像が流れた際には大きな反響があった。また直後にテレビなど他のメディアでも大きく報道され、インパクトはあった」と、確かな手応えをつかんでいる。
「Returner」オフィシャルサイト創生期より新時代のメディアとして大型ビジョンに着目してきた大手広告代理店「アドエー社」を中心に各ジャンルのリーディング・カンパニーの出資によって1998年に設立されたのが「パス・コミュニケーションズ」(本社:千代田区)。同社は屋外大型ビジョン事業に特化した企画・運営・制作会社。1989年に立ち上げた「原宿アストロ」のほか「スーパーライザ原宿」「渋谷109フォーラムビジョン」、今秋開設する109前交差点「マツキヨビジョン」(宇田川町)など、現在渋谷エリアだけでも数多くの運営を行っている。いわば大型ビジョン事業のプロ集団で、 "3画面同時プロモーション" も同社が手がけている。メディア推進部担当部長の多田さんは「広告主は単独放映より、出稿を希望する約6割の広告主が3面同時放映を希望している」と、 "シンクロ放映" が広告主からの要望であることを話す。これは広告効果を高めるために実施される手法だが、今日では広告主も媒体効果や効率を研究し尽くしていると言えよう。
「パス・コミュニケーションズ」では広告を流す以外に、映画の公開に先立ち開かれた来日記者会見のライブ中継やキャンペーンのイベント中継も実施している。今春「ナルミヤ・ジュニア・シティ」オープニングに109-2屋上で開催されたファッションショーの模様を「渋谷109フォーラムビジョン」でライブ中継したことも記憶に新しい。多田さんは「渋谷自体がひとつのメディア。その日、その時間に渋谷で実施されているイベントをその場所で告知し、動員を促すには屋外ビジョンは最適」と、リアルタイムにプロモーションが実施できることを強調する。屋外ビジョンでは、情報の発信場所がそのまま受信場所となる。屋外ビジョンの広告主にレコード会社と映画会社が多いことは、渋谷という街の特性を表現している。「音楽業界と映画業界が2大広告主。ターゲットとする若者が多く、レコード店と映画館の数が多い街でプロモーションを行うことは、その街での購買に直結する速攻性がある」と、多田さんは説明する。広告主の目新しいところでは大学がある。「少子化の影響もあるのだろうが、大学もひとつのビジネスと考えると、渋谷に集まる若者に向かってビジョンで生徒募集につながる広告を放映することは理に叶っている」(多田さん)。多くの屋外ビジョンを手掛けている同社では、屋外ビジョン新規設置のサポートも行っているが、設置のポイントとして以下を挙げている。
1日あたり約15万人の乗降客がいる原宿駅。その表参道口正面に1999年に誕生したのが「ハイパービジョン原宿IF」。放映は9時~22時。運営・管理を行っているのは「アイランド・ウィズ・フィールド」(本社:港区)。同社の玉村さんによれば、開設当初は自社製作番組の放映を行ったが、スタッフ不足や他の屋外ビジョンの進出などがあり、しばらくは広告ボードとしてのみ機能していたという。しかし、最近ではそこから脱却すべく新たな可能性を探っている。
その一つが7月28日、8月4日、8月11日の3週に渡って日曜に実施された「テジタル・フランス座」の放映。若手お笑い芸人30組の最新芸がWeb「デジタル・フランス座」で配信され、同時に「「ハイパービジョン原宿IF」で午前9時~午後10時、毎時5分間放映されたもので、Webとビジョンが連動し、携帯端末を使った投票システムを加えるなど新たな試みであった。同社の玉村さんは「企画自体は持ち込みだったが、反応は良かった。今後も継続していく予定。日曜だけの放映であったが、今後は平日の放映も考えている」と、新たなコンテンツに手ごたえを感じている。同社ではオリジナル番組の立ち上げも計画中とのこと。
玉村さんは「地元で活動するアマチュアバンドや地元のイベントのバックアップにも目を向けている」と語る。9月16、17日両日、「原宿クエストホール」と「ラフォーレミュージアム原宿」で開かれる美容イベント「表参道コレクション」の告知を現在、同ビジョンで放映している。玉村さんは「地元商店街には大変お世話になっている。コレクションを主催する表参道欅会は『スーパーよさこい』を開催するなど月に1回程度でいろんなイベントを実施している。同ビジョンでは原宿で開かれるアマチュアバンドのライブの告知など、地元の情報も発信していく」と、独自性を打ち出している。
ハイパービジョン原宿IF アイランド・ウィズ・フィールド11月1日、有線音楽放送事業を手がける「キャンシステム」は、衛星通信による音楽情報の新しい広告媒体として、渋谷・センター街を中心に30台の42インチ・プラズマディスプレイを使った新たなビジョン・ビジネスに乗り出す。すでに9月1日より試験放送が始まっており、現在はプリクラハウスやゲームセンター、携帯電話ショップ、路面店などに約半数の設置が完了しており、最新の音楽情報を配信する同社の音楽番組「CAN TV」を放送している。映像コンテンツは30分サイクルで上映され、J-POPのクリップビデオ等の音楽プロモーション番組を中心に、メーカーのCMや渋谷周辺の店舗情報・地域密着情報などが流れる。また、配信手段として「衛星」使うため、リアルタイム性の高さが特徴で、いち早く新曲のプロモーション映像などが流せる。
同システムが、他の屋外大型ビジョンと異なるのは「目線」の位置。他のビジョンが大規模なビルの壁面などに設置されているのに比べ、同システムはショップのエントランス付近やディスプレイウインドウなど、目線の位置に近い高さに設置されているのが特徴。このため、プラズマディスプレイを設置する店舗でも、店の前で立ち止まる消費者が増え集客力が高まり、かつ滞留時間が伸びるというメリットを享受できる。ビジョン・ビジネスでは[設置場所=媒体価値]とも言われる中、大型ディスプレイが設置できるビルの壁面がもはや飽和状態になりつつある渋谷では、すでに路面店などの店頭スペースの開拓も進みつつある。
有線放送キャンシステム今年7月7日、渋谷の街なかに設置された大型ビジョンを光ファイバーでネットワークした、渋谷エリア唯一のデジタルケーブルテレビ局「シブヤテレビジョン」(本社:港区)が開局した。放映時間は10時~24時。経営母体は不動産業を営む「ケン・コーポレーション」。「シブヤテレビジョン」は現在、センター街中心に7箇所に街頭モニターを設置し、自社制作番組をオンエアしている。取締役C.O.O 池田さんは「シブヤテレビジョンは街頭モニター会社でなく、ストリートテレビジョン。既存の屋外ビジョン運営会社と決定的に異なるのは、時間を広告として切り売りする広告媒体でなく、自社で番組を制作するテレビ局であること」と説明する。同社の特徴は、オリジナル番組の制作に加え、街頭モニターをネットワーク化しインフラ整備を行ったことと、渋谷に特化した映像メディアであることが挙げられる。池田さんは「シブヤテレビは "プリクラ" みたいなもの。おもしろく使ってもらえたら嬉しい。コンセプトは視聴者が使って遊べる "街の遊び道具" 。そのための企画を練っている」と語る。同社はメディアであり、また広告プロモーションを企画・提案する企業である。広告収益を上げる一方で、「シブヤテレビ」からスターを誕生させ、それを核にした新たなビジネスが生まれる可能性もあり、 "ビジネスモデル" としても興味深い。
同社は7月7日、マルチメディア・ライブスペース「SHIBUYA BOXX」(神南)を開設。インターネットやCATV・地上波などメディアとリンクし、オープンスタジオから生中継も行えるようインフラの整備も整えた。また、現在工事中の「ON AIR EAST」(円山町)開業時には建物の中にサテライトスタジオをオープンする計画もある。「平面と立体がミックスし、ネットワークがつながった。最初はとっかかりとして音楽からスタートしたが、渋谷が大人も遊べる街になって欲しいと願っている」(池田さん)。番組は渋谷発の様々な情報を発信する「シブヤ・ドラゴン」(15:45~16:00)、渋谷の音楽シーンを紹介する「シブチョップ!!」(17:30~17:45)、渋谷のサブカルチャー情報を発信する「チャンネル・ゼロ」(20:00~20:15)のほかに、同社が発行するフリーペーパー「SHIBUYA HERO-S MAGAZINE」から生まれた企画で、自分の夢を15秒以内で語り、時報を知らせる「渋谷時計」などの新番組も登場。「SHIBUYA HERO-S」は "お前を有名にしてやる" をキーワードに渋谷の街から若い才能を発掘するプロジェクトの名称。「渋谷ヒロインズ」と呼ばれる若い女性だけのプロジェクト・ユニットが編集に携わり、番組と連動している。
シブヤテレビジョン SHIBUYA HERO-S一方、今夏始動した参加型ムーブメントにも上記の「シブヤテレビジョン」はリンクしている。渋谷の複合メディアが連動する形で展開される「SHIBUYA MOVE」は、情報を発信する人間と、クラブイベント、フリーペーパー、Web、サテライトスタジオなどがジョイントして繰り広げられるネットワーク。「SHIBUYA MOVE」では「シブヤテレビジョン」の番組など、渋谷をベースとしたメディアのコンテンツ制作や放送を通じた情報発信を行う計画。
SHIBUYA MOVE実行委員会(プレスト内)屋外ビジョンを語る上で欠かせない二つの側面がある。一つは渋谷に集う消費者をターゲットにした、いわゆる本来の屋外広告媒体としての側面、もう一つは渋谷のビジョンを同時多発的に活用による「 "瞬間的" 渋谷ジャック感」の創出。ハチ公交差点前の3面シンクロはまさにこの典型で、映像がシンクロする一瞬を切り取って広告表現等においていわば "素材" として活用し、全国に向けて大きなインパンク感を打ち出す。ビジョン以前の「渋谷ジャック」は、各所で同時多発的にイベントを仕掛ける必要があり、手間もコストも小さくなかったが、今ではビジョンの活用により、同時多発的に、しかも高いコスト・パフォーマンスで「渋谷ジャック」が可能となった。ビジョンを使った「渋谷ジャック」が常套化しつつある中、「Q'S EYE」をはじめとする3面マルチと「シブヤテレビジョン」「CAN TV」など、大小のビジョンを複雑に組み合わせた大掛かりな「ビジョンジャック」が実現する日も遠くなさそうだ。
さらにプロモーション・ツールとして、スポンサー各社は、渋谷に集まる若者との「双方向性」に期待をかける。一方的な情報発信ではなく、Webや携帯端末、参加型イベントと連動しながら複合的な情報発信を行い、消費者をプロモーションに参加させる仕組みの高度化も大きな課題。何となく渋谷にいる若い消費者をいかにナビゲートし、目的とするプロモーション活動や販売活動へ誘引できるか。渋谷の大型ビジョンやストリートテレビは、単なる屋外媒体の枠を越え、複雑に交錯しながら街のコミュニケーションを進化させていく。