渋谷ヒカリエ(渋谷区渋谷2)8階クリエーティブスペース「8/」のコートで9月27日、ギャル漫画家・浜田ブリトニーさんを招いたトークイベントが開催された。
シブヤ経済新聞が主催する「シブ経文化センター」第4弾となる同イベント。当日は浜田さんが「渋谷ホームレス時代」からプロ漫画家としてデビューするまでのサクセスストーリーなどを語った。聞き手はシブヤ経済新聞の西樹編集長。
高校3年生のときに実家のある千葉を飛び出し、憧れの街だった渋谷へ。宮下公園(現、みやした公園)で野宿や宮益坂のネットカフェで寝泊まりするなど、ホームレス同然の生活をしながらも、大学入学資格検定を経てトリマーを目指して専門学校に通っていたという。
その後、偶然手にした藤子不二雄(A)さんの半生を描いた漫画「まんが道」との出合いから、漫画家を志す。「夜の仕事などを増やして学費を稼ぎ」ながら、日本マンガ塾昼間部プロ養成科へ通い、入学から半年後には小学館へ作品を持ち込む。「学校に入って初めて漫画を描いた」という浜田さんは2006年、「ビッグコミックスピリッツCasual」でプロデビューを果たす。初の作品は、渋谷のギャルが事件を解き明かす「ハイパー探偵リンカ」だった。
翌2007年には、渋谷に生息するパギャル(中途半端なギャル)の日常を描いたギャグ漫画「パギャル」(ビッグコミックスピリッツ)の連載が決定。「漫画のことを知らなかったことが、かえって良かった。渋谷での実生活やギャルのリアルな生活は描いただけだが、それが斬新と受け入れられた」と成功の要因を明かす。一方で、連載が週1であることを後で知り、「毎日編集部に缶詰め状態で、すごく大変だった」とプロの厳しさも学んだという。
トーク後半では「萌えビジネス」をテーマに移し、浜田さんが連載で取材を続ける「萌えビジネス」の実情と、不況に強い理由などを熱く語った。「アキバ系のカルチャーは徐々に渋谷にも入り込んでいるが、一方でギャルはアキバでは受け入れられないので、取材を通して『萌え』と『ギャル』の融合ができないかと考えているところ。『オタギャル』(=オタクニーズに応えるギャル)も増えている。『萌え』はビジネスのヒントになると思う」
最後に「渋谷や日本を元気にするアイデア」を聞かれた浜田さんは「日焼けです」と答えた。「ガングロやマンバ、ガイがいたころは、渋谷はとても元気だった。日焼けしている人は羽振りも良く、また日焼けすることでお金を使ってしまう。最近原宿あたりでは舞妓さんみたいな白塗りが出現し始めているので、美白ブームもそろそろ終わりかも。何でも行き着くところまで行くとクライマックスを迎えるので、そろそろ美白に代わって日焼けが来るのでは」とユニークな推論を展開し、会場を盛り上げた。