渋谷・松濤の住宅街にある邸宅で40年以上にわたり営業を続けてきたフランス料理店「シェ松尾・松濤レストラン」(渋谷区松濤1、TEL 03-3485-0566)が来年1月31日に閉店する。経営はシェ松尾(中央区)。
シェ松尾は1980(昭和55)年9月、閑静な住宅街として知られる渋谷・松濤エリアの一角に、シェフの松尾幸造さんが開業。入り口や庭に樹木が生い茂る趣のある邸宅は昭和初期に建てられたもので、このほど老朽化のため閉店を決めた。皇族や著名人らも迎え入れてきた邸宅は、ヨーロッパで修業を積んだ松尾さんが帰国後にパリ郊外にあるような一軒家でレストランを開こうと探していた中で出合った木造建築の洋館。築年数が100年近くになる中、建て替えなども検討してきたが、「現状に近い建て替えが困難」との判断から、閉店を決めたという。
2階建ての邸宅は、開業当初は1階部分のみをレストランにし、2階は事務室などとして利用。開業時の、住宅からレストランへの改装に続き、1999(平成11)年の2度目の改装を経て、現在は90年代に増築したサンルームや、2階の個室「インペリアル・ルーム」を含め、40席ほどを用意する。木々に囲まれ、池泉も取り入れた庭のテラスも、過ごしやすい季節には食前や食後などで来店客に開放してきた。
同店の黒岩基次支配人は「お客さまからは悲しむ声が多く、『何とかならないのか』という声もかなり頂いている。建物の老朽化に伴う閉店なので、どうすることもできない」と惜しみつつ、「一斉に予約を頂き、おかげさまで昼は閉店まで全て満席、夜も一部予約が空いているのみという状況。皆さん写真をたくさん撮ってお帰りになる」と話す。新宿や成城、浦和、名古屋などの既存店は変わらず営業を続けていくが、本店となる同店は、取り壊し後に「どこかでいい『出合い』があれば」(吉田俊昭常務)と、「新たな地で皆さまをお迎えできるように」今後準備を進めていくと言う。
「当たり前のことを当たり前にやってきただけ。駅からも少し離れていて、決して便利に来られるところではない中、せっかく来てくださったお客さまに、おいしいものを、雰囲気を楽しんでいただきながら召し上がって帰っていただけるようにやってきた」と吉田常務。黒岩支配人も「オープン当初から、お客さまを自分の家にお招きするようにと、料理やサービスを徹底してきた。はやり・廃りではない、基本のスタイルに徹してきた」と続け、長年変わらない店のコンセプトが「愛されてきた理由の一つ」と話す。
料理も同じで、「特別な、奇抜な料理はない。コンソメ、フォンドボーなどはきっちりと自分のところで取るなど、ベースのところから全てしっかりと、愚直に取り組んできた」(吉田常務)と言い、閉店に際しても「あえて特別なことはしない。『今まで通りのシェ松尾を』と、お客さまがイメージしているものをそのまま提供する」(黒岩支配人)と、最終日までこれまで通りの営業を続ける。
コースは、ベースとなる2万5,000円のコースをはじめ、そこから一品減らした2万円のコースと、スペシャリテを入れた3万5,000円の特別コースを用意。スペシャリテのロッシーニ(牛ヒレ肉とフォアグラのソテー)は「昔から当店で婚礼の時などにも出してきた、ずっと作っている料理」で、「スクランブルエッグにキャビアを合わせた一皿も、特別な時にお出しするような料理の一つ」とも。
吉田常務は「雅子皇后が結婚の儀の4日前、ご家族での最後の食事会として2階の部屋でお食事された。天皇陛下も、学生時代、ご学友と能の観劇後にご来店され、料金は割り勘で支払われた。代金をご自身で払うの初めてとおっしゃられていたのが印象的」と特に印象に残っているエピソードを挙げる。
長い歴史の中で、コロナ禍にも見舞われた。黒岩支配人は「お客さまは減っていたが、スペースを取って組数を制限して、普段と変わらないように営業していた。弁当など特別なことはしなかったが、近隣のお客さまに来ていただいたことが一番大きかった」と振り返る。
「45年続けてこられたことに、本当に『ありがとうございました』とお伝えしたい。またいつか、どこかで皆さまをお迎えできるようにしたい」(吉田常務)、「松濤の店は閉店するが、他にもある店で、ぜひ『松尾』の味をお楽しみいただければ」(黒岩支配人)と、閉店についてコメントを寄せる。
営業時間は、12時~15時、18時~22時。